「ストレスのせい」って本当?

みなさんは医師に「ストレスのせいですね。」と言われたことはないでしょうか。

「ストレス」というのは医学用語としても使われますし、精神科の診断名にも現れる(たとえばPTSD=Posttraumatic  Stress Disorder)言葉です。しかし日本語ではそれよりも広くあいまいに使われています。

医学用語としてのストレスについては改めてお話するとして、今回はあいまいな使い方、特に医師が「ストレスのせい」と言う場合について考えてみます。

「ストレスのせい」と言われると何か分かった気がするかもしれませんが、医師がそう言うときは「分からない」という意味だったりします。医学的に説明がつかない症状に出会ったときに「ストレス」という言葉を使う医師は多いです。

くずかご診断

「くずかご診断」という言葉があります。どこにも整理がつかないものを入れる箱としてのくずかご、このくずかごのような診断があります。くずかごの中のもののように捨てられる訳ではありませんが、とりあえず入れておく訳です。

「くずかご診断」に使われる言葉にはそれ専用という訳ではなく、本来はちゃんとした箱(診断名、病名)の役割もあります。精神科では統合失調症という病名もくずかご的に使われる傾向がありました。よく分からないときは統合失調症としておく、と言うような。

「ストレスのせい」も「くずかご診断」の一種と言えます。それが証拠に、かつて「ストレスのせい」と言われた病気が、解明されるにつれてそう言われなくなります。たとえば胃潰瘍です。ピロリ菌が胃潰瘍に関係していることが知られるにつれ、「ストレス」については言われなくなりました。精神的負担という意味の「ストレス」が胃潰瘍に関連している(胃潰瘍に限りませんが)ことが否定された訳ではないはずです。くずかごがいらなくなったのです。

心療内科・精神科以外の医師に特に気をつけてほしいことですが、安易に「ストレス」を持ち出さないことが重要です。それで説明した気になって放置してしまい、本当の原因を見逃す怖れもあります。

 

追伸:「レム睡眠行動異常症がストレスのせい」って本当?

「ストレスのせい」で思い出すのは一昨年放送された『Dr.倫太郎』というテレビドラマです。その第3話はDVを疑われる男性の話でした。

堺雅人演じる主人公の倫太郎は、夜中に暴れるその男性がレム睡眠行動異常症(RBD)という病気であることを突き止め、めでたくDVの疑いが晴れるーというエピソードでした。

倫太郎はそれを仕事上の「ストレス」のせいと説明します。

確かに夜眠れなかったり悪夢を見たりの原因がオーバーワークやパワハラなどにある、ということはあるのですが…。

しかし、実はRBDはそういう病気ではありません。

夢を見ているときは脱力(筋弛緩)しています。なのでどんな夢を見ていても身体はほぼ動きません。RBDとはこの仕組がうまく働かないため夢を見ながら身体が動いてしまう病気です。手が少し動くぐらいなら問題はないのですが、悪夢に伴って激しい暴力的な動きをすることがあります。ドラマではそのためにDVを疑われた、ということになっていました。

RBDは抗うつ薬で起こることを除けば(ドラマのケースではそれはないと考えてよいでしょう)、精神的なものではなく神経系の障害です。実際、RBDの患者の多くがその後パーキンソン病やレビー小体型認知症などシヌクレイノパチーと言われる神経疾患を発症することが分かっています。その割合が50%を超えるという報告があります。

とすれば、RBDと診断した患者さんに対して医師としてすべきことは何でしょうか。「ストレス」の軽減でしょうか。確かにそれで悪夢が減って、夜中に暴れることは多少は減る可能性はあります。そもそもどんな病気でも精神的負担の軽減は意味があります。しかしRBDの治療としては枝葉に過ぎません。

まず、異常行動を減らせるための薬物療法と異常行動が起こったときの安全確保を行いますが、重要なのは病気の説明です。

病気の説明に「ストレス」という言葉を使ってはならないのは言うまでもありません。何よりも、説明の中で、近い将来パーキンソン病などを発症する可能性について告げることが不可欠です。これはいわゆる悪い知らせ)です。それをどう告げるかが医師としての腕の見せ所です。

『Dr.倫太郎』の主人公は医師としての知識・技術・倫理すべて失格でした。中でもこのエピソードは特に印象に残りました。

倫太郎は優しくて患者さん思いなのですが、そんなことは当たり前(仮にそうでない医師が多いとしても)です。必要条件でしかありません。そう改めて思ったドラマでした。

注:医療における「悪い知らせ」(bad news)とは「将来への見通しを根底から否定的に変えてしまうもの」と定義されています。難治性のがんの告知などがそれに当たります。