文化、歴史、ジェンダーの問題(第6の基本原理)ートラウマインフォームドアプローチ入門5−5

この社会には、いろいろな差別・偏見があります。SAMHSAのガイダンス( PDF )には

  • 外国人や先住民、少数民族に対する差別
  • 女性やLGBTに対する差別
  • 高齢者への差別(エイジズム)
  • 宗教への偏見
  • 地域に対する偏見と差別

が挙げられています。

他にもあるでしょう。私たちとしては、差別されるマイノリティのリストに少なくとも障害者、子ども( 注1 )を付け加えたいと思います。

トラウマインフォームドアプローチ(TIA)はそのような差別偏見と手を切り、差別されるマイノリティの側に立ち、その文化を尊重します。

トラウマインフォームドアプローチとトラウマの社会モデル

マイノリティの側に立ち、文化、歴史、ジェンダーの問題に取り組むことが、TIAにとってなぜ重要なのでしょうか。

マイノリティに属する個人は対人暴力に遭いやすい、というだけではありません。その理由を知るには改めてトラウマについて考えることが必要です。

TIAではトラウマの原因となる出来事に関連する力(power)を重視しています。

Event(出来事)について、たとえばDSM5では、死傷事故や性暴力を直接体験するか目撃する、と出来事の性質を記述していますが、ここではそれよりむしろ出来事に含まれる力の差(power differential)を重視しています。子ども虐待は言うまでもなく大人と子どもの圧倒的な力の差が背景にあります。それは他の対人暴力、性暴力やパワハラにも言えます。自然災害の場合には、自然vs人間という力の差があります。

出来事を体験した者が無力感を覚えるのはこのためです。そして理不尽さや恥辱、信頼を裏切られた気持ち、「自分が悪い」という罪悪感を持ちます。このことが後に大きな影響を及ぼすことは言うまでもありません。このように力(power)に注目することがトラウマインフォームドアプローチの基本です。

3つのE(トラウマとは何か?)

このは、被害者、サバイバーという個人を襲い、トラウマという刻印を残しますが、本来は社会的なものです。

パワハラの場合のように組織内の力関係から、女性やLGBTに対する性暴力のように歴史や文化に根ざした力関係まで、多様ではあるものの、力関係は社会的に生じたものです。

それゆえ、トラウマを社会的に理解することが必要です。これを「トラウマの社会モデル」ー「障害の社会モデル」に呼応して( 注2 )ーと呼びたいと思います。

このときに重要なのが歴史的トラウマ(historical trauma)という考え方です。集団的トラウマ(collective trauma)、継代的トラウマ(世代を超えて伝わっていくトラウマ =  transgenerational trauma)という言葉もあります。

歴史的トラウマ

マイノリティへの支配・コントロール・暴力、これが様々な回路で世代を超えて伝わって行くことを歴史的トラウマと言います。

例を挙げると、外国人(日本においては特に在日コリアン)、LGBT、障害者、子ども、これらの人々はトラウマ体験を持ちやすいことは知られています。マイノリティ特性を複数持つ人たち、たとえば外国人女性障害者はさらに複雑で大きなパワーの下にあります。

図で表してみます。

次回はこの図、特にトラウマの世代間伝達についてお話します。

 

 

注1

子ども差別は聞き慣れない言葉かもしれません。しかし障害者差別を指すdisablismという語があるように、子ども差別を指すchildismという語があります。権利を侵害されやすいマイノリティとして子どもを見る視点が必要です。その意味で、子ども権利条約は障害者権利条約に勝るとも劣らず重要です。

注2

障害の社会モデルは障害の個人モデル(または医学モデル)と対照的に、障害の責任を社会にあるとし、それゆえ障害についての負担を社会に求めます。同様に、トラウマの社会モデルもトラウマの責任を社会にあると考え、その解決を社会に求めます。TIAの最終目標はトラウマインフォームドな社会です。私たちは、特にマイノリティに属する人々はそれを社会に求める権利があります。