発達障害への取り組み 2 ― 「非定型発達」と「発達障害」

発達障害者支援法第2条に次のようにあります。

この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう。

文部科学省のサイトより

 

 

 

 

 

 

 

ここでは発達障害が

  • 広汎性発達障害
  • 注意欠陥多動障害
  • 学習障害

の3つで代表される「脳機能の障害」(注1)とされています。

なお、広汎性発達障害はICD10に見られる用語ですが、DSM5では自閉症スペクトラム障害(ASD)とされ「アスペルガー」という分類は姿を消しています。ここではDSM5に従うことにします。

スペクトラム(連続体)

ASD、ADHD、LDは独立したものではありません。一人の人がこれらの特性を併せ持っています。

そして特性と言ったように、私たちは誰もがこれらの特性をいくらか持っています。程度の差があるだけです。

たとえばASDのスクリーニング検査として使われるAQがあります。AQとは自閉症スペクトラム指数の略です。たとえば「冗談がわからないことがよくある」のような50の質問項目に答えることで0〜50点の点数をつけます。およそのASD特性の度合を知るためのテストです(注2)。

年代や性別による差がありますが、AQの点数は連続的な分布をしています。他の尺度でも同様の結果が知られており、ASD特性は連続的な分布をしています。自閉症「スペクトラム(連続体)」と言われるゆえんです。

発達障害という「障害」

すると次のような疑問が生まれます。

  • 特性であるならそれはよい面と悪い面、有利な点と不利な点があるはず。それがなぜ「障害」になるのか?
  • 連続的なものにどこで線引きをするのか?どこからが「障害」なのか?(「自閉症スペクトラム障害」というのは少し収まりの悪い言葉です)

比喩を使って考えてみます。

たとえば「背が低い」という特性(注3)と比べてみましょう。何cm以上が背が低いと言えるか。それに決まりはないはずです。ただし、背が低いと、しかもとても低いと不便なこともあるでしょう。たとえば人中にいて前が見えない、電車で吊革が届かない、などです。

しかしこの不便さはその人の「背が低い」という特性のせいでしょうか。そうではありません。1つは少数派であること、もう1つは(吊革のように)環境が多数派に合わせて作られていることのせいでしょう。

同じことを右利き/ 左利きにたとえることもできます。

およそ90%の人が右利き、10%が左利き、と言われます。これはちょうど定型発達/ ASD(非定型発達)の比率に似ています。

似た点は他にもあります。

かつては左利きが好ましくないとされ、右利きに「矯正」しようとすることがありました。今はそれはほぼなくなったと思いますが、左利きの人に不利益がないかと言うとそうではありません。

右利きの人(私もそうです)は気が付かないのですが、道具の中には右利きが使うことを前提としているものがけっこうあるのです。

たとえば急須です。

これを左手で持って使うことの不便さは右利きの人でも容易に分かるはずです。

 

 

 

少数派である左利きの人は、多数派の右利きの人向けに作られた道具に囲まれて不便を強いられている、と言えます。

左利きを普通は障害とは言いません。しかし社会が作る障害という意味では左利きも「障害」と言えるかもしれません。

背の低い人や左利きの人と同じく、ASD/ADHD/LD特性が高い人が出会う困難は、何よりその人が少数派だからなのです。そのために

  • できること/できないことが多数派と異なっている
  • 社会、環境が多数派向けに作られておりそのための不利益を被る

ということになっていて、それが「障害」となっているのです。

非定型発達+社会=発達障害?

さて、このようにASD/ADHD/LD特性が高いことがそのまま「障害」を意味するものではないとすれば、それを無条件に発達障害と呼ぶ訳には行かなくなります(この意味で、発達障害を「脳機能の障害」と呼ぶことには反対です)。

発達障害に対して多数派を定型発達と呼びます。それなら、ということで、私たちはASD/ADHD/LD特性が高いことを非定型発達と呼ぶことにしています。

非定型発達の人たちが定型発達者中心のこの社会で様々な困難に遭うこと、それが発達障害という問題を生みます。

困難にはACEも含まれています。非定型発達の子どもは養育者や同年代の子どもとの関係で傷つきやすいし、その体験を処理するのも難しいでしょう。

そして定型発達者もACEによって似た困難を持つに至る、と考えることができます。その意味でそれを「第4の発達障害」(杉山登志郎)と呼ぶことも可能です。

私たちはこのように発達障害を理解しています。この理解をもとに、クリニックちえのわでは発達障害の診療を行っています。次回は実際の診療についてお話します。

注1

障害と訳される英語にはいくつかあります。

  • disability
  • impairment
  • disorder

disabilityやimpairmentは障害学(disability studies)や国際生活機能分類(ICF)で使われる用語です。

一方ICD10やDSM5ではdisorderという語が使われます。disorderはDSMの日本語訳では「〜症」とも翻訳されます。たとえばpanic disorderは「パニック症」です。

ただ、「症」はdisorderと違って独立した単語として使われることはなく、ニュアンスが異なるのが気になります。

このエントリーではあえてimpairment,disability,disorderを区別していません。

ただし、私たちは「障害(disability)の社会モデル」に基づいて、一次的に存在するのは社会が作り出すdisabilityであり、それに関連して個人に見い出されるものがimpairmentやdisorderである、と考えています

注2

AQの日本語版、AQ-Jはスクリーニング検査として使われます。スクリーニングとはさらに検査が必要な人を見つけ出すために行われるもので、健康診断での便検査などがこれに当たります。

AQ-Jが26点以下の人はASDは否定的、27点以上の人はさらに詳しく調べる必要があります。詳しく調べる方法としては、PARS-TRなどの標準化した診断面接があります。

注3

見落としてはならないのは、背が低いことで得なこともあることです。背の高い人が通り抜けできないすき間をくぐれたり、(体重が軽いせいで)坂道を駆け上がりやすかったりするでしょう。非定型発達の人は定型発達の人に比べて優れた点、劣っている点がそれぞれあります。ただし、この社会では優れた点が発揮しにくく見えにくくなっているのですが。これについては改めて考えてみたいと思います。