トラウマインフォームドアプローチ入門 1

クリニックちえのわの目標の1つはトラウマインフォームドアプローチ(trauma-informed approach)です。

ここで用いる言葉を説明します。

トラウマインフォームドとは「トラウマについてよく知っている・理解している」という意味です。

トラウマインフォームドアプローチは「トラウマ理解に基づくアプローチ」で、医療、福祉、教育、矯正(刑務所)などすべての対人援助分野に適用可能です。

トラウマインフォームドケア(trauma-informed  care)、トラウマインフォームドプラクティス(trauma-informed practice)という言葉が使われることもあります。大きな違いはないと思いますが、私たちは今のところ主に「アプローチ」を使っています。

なお今後、トラウマインフォームドアプローチをTIA、トラウマインフォームドケアをTIC、などと略記することがあります。

 

さて、トラウマインフォームドアプローチ入門の第1回目として、今回はTIAのおおまかなイメージをつかんでいただきたいと思います。

そこで、精神医療におけるTIA(→ 注1について、それを従来のノントラウマインフォームド(non-trauma-informed)なアプローチと比較して紹介することにします。

トラウマインフォームド vs ノントラウマインフォームド

Davis-Salyer(オレゴン州立病院)の作成した表を用います。

Recognition of high prevalence of trauma vs Lack of education on trauma prevalence & “universal” precaution

メンタルヘルスサービスの利用者(以下「患者」と呼びます)には高率にトラウマ体験がある、ということを認識しているかどうか、ということです。それを認識していれば、すべての患者さんをトラウマ体験のある人と想定した対応(”ユニバーサル”プリコーション)が必要です。

Recognition of primary and co-occuring trauma diagnoses vs Over-diagnosis of Schizophrenia & Bipolar D.,Conduct D,& Singular addiction

トラウマの関与を見逃し、統合失調症や双極性障害と診断されること(over-diagnosis=過剰診断)が今も多いと思います。

実際、統合失調症と誤診されて効果のない薬物療法を受けていた虐待や性暴力の体験者に出会うことは珍しくありません。

仮に統合失調症の診断が妥当な場合でも、子ども時代のトラウマ体験(ACEs)が関与していることもあり得ます。しかし従来のノントラウマインフォームドな精神医療では、それは無視し、原因不明の精神疾患として薬物療法中心の(場合によっては薬物療法オンリーの)治療を行います(→ 注2)。

Asseses for traumatic histories & symptoms vs Cursory or no trauma histories

過去のトラウマとそれが引き起こしている症状について丁寧に評価することが必要です。ただし念のために言うと、トラウマインフォームドアプローチはすべての患者さんに対してトラウマ探しをする訳ではありません。それを見逃さないことは必要ですが、評価のために根掘り葉掘り聞くのは二次被害を与えてしまうことになり本末転倒です。

Recognition of culture and practises that are re-traumatizing vs “Tradition of Toughness” valued as best care approach

「タフネスの伝統」とはなかなか怖い言葉です。具体的には患者の行動をコントロールすることを第一としその手段として身体拘束などを用いるというやり方のようです。(詳しくは”The Tradition of Toughness: A Study of Nonprofessional Nursing Care in Psychiatric Settings“を参照)そのような文化は患者をさらに傷つける(再-外傷)、という認識を持つことが必要です。Power/control minimized- constant attention to culture vs Keys, security uniforms, staff demeanor, tone of voice

 

権力(power)をふるったり、支配(control)したりを最小限にすること。精神医療にあるそのような文化に絶え間なく注意を払うことが必要です。鍵や拘束衣、スタッフの威圧的な態度や口調はなくさなければなりません。

ここでpowerとcontrolという言葉が出て来ました。そもそもトラウマを引き起こす出来事、特に対人暴力はpowerとcontrolを土台に生じます。であれば、TIAにとってpowerとcontrolからの自由はもっとも重要なテーマになります。この入門でも何度も立ち返ることになるでしょう。

Caregifers/supporters – collaboration vs Rule enforcers -compliance

従来の精神医療では、スタッフは規則を押し付け患者がそれに従う、という関係になっていました。強制医療はその代表的なケースです。

一方、TIAではスタッフはケアやサポートをする者であり、患者とは協働関係にあります。

Address training needs of staff to improve knowledge & sensitivity vs “Patient-blaming” as fallback position without training

精神医療では、うまく行かないとき患者の責任にしがちです。たとえば患者がスタッフに暴力を振るったとき保護室に隔離する、というような。保護室が「反省室」と呼ばれている病院もあるとかつて聞いたことがあります。

クリニックで起こり得ることで考えましょう。たとえば、キャンセルの連絡もなく予約日に患者さんが来ない、というのはどうでしょう。以前の勤務先でスタッフがそういう患者さんを「わがまま」呼ばわりするのを聞いたことがあります。

大人相手に「わがまま」呼ばわりはそもそもしてはいけないことでしょうし、まずそうなった理由を考えるべきでしょう。

特に、トラウマ体験のある人であれば、知らないうちに時間が経っていたり、記憶ががすっぽりと抜け落ちたり、という解離症状があるかもしれません。そういう人が約束をすっぽかしてしまうことは珍しくないのです。

トラウマについての知識と感受性を高めていれば誤った理解をしなくて済みます。そのためにはトレーニングが必要です。

クリニックちえのわではスタッフのトレーニングは始まったばかりです。今後力を入れていきたいことの1つです。

Staff understand function of behavior (rage, repetition compulsion, self injury) vs Behavior seen as intentionally provocative

たとえばある人がリストカットしたことをどう考えるか?

それが意図的に関心を引こうとする行為であると習った医療者は多いかもしれません。しかし関心を引くことが主な動機であることは実は少ないのです。

たとえばそれはフラッシュバックからいまここに自分を引き戻そうという行為(グラウンディング)であったり、こころの苦痛からからだの苦痛に逃れようとする行為であったり、その人、そのときどきで色々な意味があります。

そういう行為のはたらきを考えよう、ということです。行為の意味と言ってもよいし文脈と言ってもいいでしょう。スタッフがそれを理解し患者と共有することは回復へ向けての一歩となります。Objective, neutral language vs Labaling language: manupulative, needy, “attention-seeking”

「操作的」「愛情を欲している」「注意を引こうとしている」のように、患者の行動や患者さんその人を決めつけてしまう、ということが従来の精神医療ではありました。こういう否定的なラベリングは、患者の行動に困惑したスタッフが心理的距離を取る、という役割があるのかもしれません。しかしそれは誤った解釈を押し付けることであり、よいケアにはつながりません。そうではなく、客観的で中立的な言葉を使うのがトラウマインフォームドなやり方です。

Transparent systems open  to outside parties vs Closed system-adovocates discouraged

精神医療の世界は閉鎖的です。個々のクリニックや病院も、他の医療分野との関係でも、社会との関係でも。

クリニックや病院で専門職を前にした患者は得てして無防備になってしまいます。強制医療がその代表ですが、それだけではなく多くの場面でそれは当てはまります。

患者自身が自分の患者としての権利、人としての権利が守れるような仕組みが必要です。閉鎖的な場ではそれは不可能です。そのためには透明性第三者に開かれていることが必要です。

第三者として特に重要なのがピアグループ、すなわち当事者のグループです。クリニックちえのわでは将来的には当事者主体のオンブズマン(権利侵害を行っていないか監視し必要な場合は調査解決を行う組織)を導入したいと考えています。それを目指して、私たちは積極的にピアグループとの交流を図っていきます。

注1

私たちはトラウマインフォームドアプローチを精神医療分野に限定して考えている訳ではありません。むしろそれを対人支援全般に、いや社会に広げて行ければと考えています。夢のような話ですが、それを実現するためにまず一方踏み出そうと思います。それがクリニックちえのわでTIAを行っていくことなのです。

注2

NICEのガイドラインでは、統合失調症の場合でもトラウマ反応を評価することが推奨されています。統合失調症の人は、その発症原因となったトラウマか病気自体によるトラウマ(幻覚などの体験によるトラウマ)を持つことが多く、3分の1の人にトラウマ症状があるとのことです。今や診断とは関わりなくトラウマの評価が必要と言えるでしょう。