異議あり!「精神科の名医」(後編)

2017年9月30日追記

後編です。エントリーの最後にまとめて補足します。

精神科の名医の見極め方 薬は「◯◯に出す」が重要〈AERA〉

「薬に頼らずカウンセリングで治したいという患者さんもいますが、主体は薬物治療であり、カウンセリングはあくまでも補助。統合失調症や心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、カウンセリングが副作用を引き起こす病気もあります。誤解されがちですが、精神科医にとってカウンセリングは専門外。カウンセリングを希望するなら、臨床心理士がいるクリニックを選ぶといいでしょう」(Tomy氏)

さて、この箇所ですが、Tomy氏を含む多くの精神科医にとって、「主体は薬物療法であり、カウンセリングはあくまでも補助」というのはその通りなのでしょう。でもこれは日本の精神医療の現状の描写ではあってもその是非はまた別です。

Tomy氏が例としているPTSDで検討してみましょう。

PTSDについては薬物療法が「カウンセリング」より有効だとは考えられていません。たとえばイギリスの国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Clinical Excellence, NICE)は各種の疾患についてエビデンスに基づくガイドラインを発行しています。その信頼性は高く、私たちも参考にしています。日本でこのようなガイドラインができるとよいのですが、NICEのガイドラインには相当な費用がかけられており、日本の現状では残念ながら難しいでしょう。

さて、そのNICEのガイドライン(2013年のアップデート)ではPTSDに対する治療としてTF-CBTとEMDRを推奨しています。その一方で薬物療法についてはごく限定されたエビデンスがあるのみ、としています。その限定つきでパロキセチン(パキシル)、ミルタザピン(リフレックス)などが推奨されています。

確かに、一般的な「カウンセリング」、傾聴と共感を旨とする支持的心理療法には効果は認められていません。しかしトラウマ関連疾患に特化された心理療法であるTF-CBTやEMDRは薬物療法よりエビデンスがあるのです。

Tomy氏は「カウンセリングが副作用を引き起こす」と言っています。薬物療法であれ心理療法であれ副作用はあり得る、という当たり前のことを言っているのかもしれません。しかし、心理療法が効果で優ることには触れず副作用だけを言うのはアンフェアでしょう。

もしかして彼はPTSDへの「カウンセリング」に固有の副作用を考えているのかもしれません。もしそれがあるとすれば、トラウマ体験を不用意に根掘り葉掘り聞くことによるいわゆる二次被害でしょう。確かにそれは残念ながら一部でいまだにあるようです。しかし、TF-CBTやEMDRだけでなく、そもそもサバイバー(トラウマ体験者)支援でしてはいけないことと考えられています。医学用語で言うと「禁忌」です。従ってこれを持ち出すのは的外れです。

以上から、ここでPTSDについてTomy氏が言うことは不適切であると考えます。

それにしても「精神科医にとってカウンセリングは専門外」だとすれば、精神科医の仕事は何なのでしょう?治療としては薬を出すだけ?もしそうならある人が言ったように「薬の自動販売機」ではないでしょうか。

2017年9月30日追記

  • NICEのガイドラインにその後の改訂はなく、上記の2013年が依然として最新です。
  • この時点では支持的精神療法や精神分析という古くからある心理療法にはエビデンスがないとされていましたが、その後これらにもエビデンスが現れています。薬物療法の旗色はさらに悪くなっている印象です。
  • Tomy氏がPTSDとともに言及している統合失調症については本文中に触れていませんが、NICEの2014年のガイドラインでは統合失調症の急性期治療でも薬物療法より心理療法が優先されています。ガイドラインは薬を使う場合でも心理療法と併用することを勧めており、服薬を拒む場合は心理療法のみ行うことを勧めています(1.3.4 Treatment options)。
  • 私たちが繰り返し言っているように、Tomy氏が言うのとは逆の「主体はカウンセリングであり、薬物治療はあくまでも補助」が今日では妥当でしょう。(「カウンセリング」については、クリニックちえのわの「カウンセリング」をごらん下さい)