人が信じられない トラウマインフォームドアプローチ入門 2

深刻なトラウマ体験は、自分や他人、世界に対する見方を根本から変えてしまうことがあります。人が信じられなくなる、というのはその1つです。

DSM5ではPTSD(外傷後ストレス障害)の診断基準として「認知や気分の否定的変容」が取り上げられています(注1)。そのうち「自己、他者、または世界についての持続する極端に否定的な信念または予期」として「私は悪い人間だ。」「誰も信頼できない」「世界は危険だらけだ」「自分の神経系は永久にダメになってしまった」などが挙げられています。

この項目は以前のDSMのバージョンにはなかったものであり、近年重視されていることが分かります。重視されている理由の1つは、支援や治療の困難さと結びついているからだと思います。「私は悪い人間だ。」「誰も信頼できない」「世界は危険だらけだ」「自分の神経系は永久にダメになってしまった」と思っている人が他者に助けを求めることができるでしょうか。それはとても難しいのではないでしょうか。

人を信じられない、助けを求められない、という傾向は、自然災害によるトラウマより対人暴力によるトラウマ、単回のトラウマより繰り返すトラウマ体験をした人に顕著です。特に子ども時代の虐待体験者にとって深刻です(注2)。

養育者からの虐待を経験した人にとって、助けを求めるのはとりわけ難しいことです。養育者は本来、一番に助けてくれるはずの他者です。よりによってその相手に信頼を裏切られたり、さらには虐待されたとしたらどうでしょう。他者や世界に対する根深い不信感が生まれるのは当然です。それどころかその不信感は子どもが自分の身を守るために必要だったのかもしれません。

それゆえ、私たちの前に現れるサバイバー(トラウマ体験を超えて生き延びている人)が「人を信じられない」「助けを求められない」としても不思議ではありません。

私たち対人援助職は基本的には人を助けたいと思っていますし、おおむね善意の人です。これは医師よりも看護師やソーシャルワーカーその他ケアや支援に関わる人に色濃いかもしれません。

そんな支援者の前に「人を信じられない」「助けを求められない」人が現れます。助けたいと思っている支援者は困惑するでしょう。

特に、関係が結べないときや援助がうまく行かないとき「信じてほしい」「助けを求めてほしい」と思うかもしれません。その気持ちは人として自然です。

しかし、それをサバイバーに求めることには慎重でありたいと思います。信じて裏切られ期待して失望して来たサバイバーにとって「人を信じない」「助けを求めない」ことは生き延びるための方策であったかもしれません。私たちに必要なことはまず、そういう彼らを肯定することではないでしょうか。

ときに「もっと人を信じた方がいい」「もっと助けを求めてほしい」と直接言いたくなるかもしれません。しかしそれはサバイバーにとって酷な要求になることがあります。大事なことは彼らが人を信じることができるようになる、いやむしろ、信じてよい相手と信じてはいけない相手を見極められるようになることではないでしょうか。もしかしたら私たちはそのきっかけを作れるかもしれません。それは私たちの仕事ですが、お説教するのは私たちの仕事ではありません。

もしサバイバーが助けを求めたとき、彼らにとってそれは「命がけの跳躍」かもしれません。そのときは、まず自分に助けを求めてくれたことを感謝すること、そして控えめに援助の手を差し出すことです。決して支配的になったりましてやそれを利用したりしてはなりません、彼らを虐待した養育者のように。

それがトラウマインフォームドな支援のあり方ではないかと思います。


注1

DSM5のPTSDの診断基準のD項目は次の通りです。本文では2を取り上げました。他の項目も重要ですが、特に6の「疎外感、孤立感」に注目しましょう。これも「人が信じられない」「助けを求められない」につながっています。

D.
Negative alterations in cognitions and mood associated with the traumatic event(s), beginning or worsening after the traumatic event(s) occurred, as evidenced by two (or more) of the following:

  1. Inability to remember an important aspect of the traumatic event(s) (typically due to dissociative amnesia and not to other factors such as head injury, alcohol, or drugs).
  2. Persistent and exaggerated negative beliefs or expectations about oneself, others, or the world (e.g., “I am bad,” “No one can be trusted,” “The world is completely dangerous,” “My whole nervous system is permanently ruined”).
  3. Persistent, distorted cognitions about the cause or consequences of the traumatic event(s) that lead the individual to blame himself/herself or others.
  4. Persistent negative emotional state (e.g., fear, horror, anger, guilt, or shame).
  5. Markedly diminished interest or participation in significant activities.
  6. Feelings of detachment or estrangement from others.
  7. Persistent inability to experience positive emotions (e.g., inability to experience happiness, satisfaction, or loving feelings).

注2

Van der Kolkはかつて、子ども時代の虐待経験者に見られるメンタルな問題を「発達性トラウマ障害」という名のもとにまとめました。この中で「帰属(attribution)と期待・予測(expectations)が持続的に変化する」が挙げられています。

van der Kolk: Developmental Trauma Disorder

「帰属」は耳慣れないかもしれませんが、心理学などで使われる言葉で、「出来事の原因や理由を何かのせいにする」という意味です。

 

 

 

 

 

van der Kolkは虐待サバイバーに起こる変化を6つ挙げています。

Negative self-attribution

出来事について自分に非があると考えて自分を責めることです。養育者に虐待される子どもは、自分が悪いせいで虐待されると考えがちです。原因を自分でなく相手に帰属することは幼少期には難しいのです。

Distrust of protective caretaker

自分を守ってくれる人であっても信頼できなくなります。

Loss of expectancy of protection by others

誰かが守ってくることを期待できなくなります。つまりいつも危険にさらされ孤立無援に感じます。

Loss of trust in social agencies to protect

社会福祉機関が自分を守ってくれると信じられません。

Lack of recourse to social justice/retribution

社会正義や懲罰に訴えることができません。いわゆる「泣き寝入り」です。

Inevitability of future victimization

将来も自分が被害に遭うことは避けられないと考えます。