「その後」を支える

養育者による虐待から保護されて児童養護施設に入る、配偶者のDVから逃れてシェルターに入る、性被害に遭ってワンストップセンターに駆け込む…

虐待や性被害に遭った人への緊急対応は、まだまだ不十分とは言え、整備されつつあります。

その一方で、クリニックちえのわのような一般の心療内科・精神科クリニックを訪れるのは、出来事の直後よりは、その時期を過ぎた方が多いのです。

たとえば

  • DVシェルターから出たシングルマザー
  • 児童養護施設から出た虐待サバイバー
  • ワンストップセンターでのサポートが終了した性被害体験者

最も困難な時期は過ぎたのかもしれません。

しかし実は「その後」(注1)があります。

対人暴力サバイバーの精神的ダメージは大きく、PTSDやうつ病のような深刻な障害はむしろ「その後」に起こって来ます。その上、収入が絶たれた人、住まいを失くした人、支えになる人間関係を失った人にとっては一から生活基盤を作るという難題が待っています。

トラウマとなる出来事による影響は生活全体に及ぶのです。「全人的痛み」(total pain)という言葉がありますが、それにならえば、「全人的トラウマ」と言えるかもしれません。

 

その中をサバイバーは生きて行きます。「その後」の長い人生を「生きのびる」(survive)ことは容易ではありません。にも関わらずその時期に利用できる支援や社会的資源はまったく不足しています。

そのような人々が心療内科・精神科クリニックに現れて「何もやる気がしない」や「眠れない」などと訴えます(注2)。しかし、その症状だけから「うつ病」などと診断して薬を出す、ということで終わってはなりません。

心身の不調に対する治療も確かに必要です。しかし必要なのは「全人的トラウマ」に対する支援であり、特に生活の安定がすべてに先立ちます。生活が安定することで気持ちが安定します。そこでようやく、トラウマに対する治療(trauma-specific therapy)の条件が整います。

であれば、クリニックにはまず、相談に訪れた方にとって「窓口」、支援への「入口」としての役割があります。

もちろんクリニックは(どんな医療機関でも)必要な支援をオールインワンで行うことはできません。連携が不可欠です。

クリニックちえのわの目指す連携

クリニックちえのわでも、患者さんが少しずつ増えるにつれ、連携を求めることが増えて来ました。

連携は私たちにとってもっとも大切なことであり、それは「ちえのわ」というネーミングにも込められています。

私たちのクリニックは一つの輪です。その一つの輪が他の輪、すなわち本人・家族(必ずしも血縁を意味しない親密な結びつき)、友人、ピアサポーター、そして他の支援者(専門職、非専門職問わず)とつながる、というイメージです。

「ちえのわ」の由来

そして、私たちが目指すのは対等な連携です。

他の専門職の知識はもちろん、当事者たちの蓄えてきた知識、ご本人が体験から得た知識。体系的な知識から言葉にならない「暗黙知」まで。様々な知恵のがあり、その中で医学が上に立つ訳ではありません。対等に知恵を出し合い、相補って行くことを目指すべきです。それで初めて、支援に役立つ知恵が生まれるのだと思います。

「知恵の輪」をつなぐ

クリニックをスタートして5ヶ月、それがようやく動き出した、という実感を持っています。

訪れた一人ひとり、一つ一つのケースについて、連携して支援することがまず大切です。

ただし、アドホックな(=その場限りの)連携にとどまっていれば、クリニックちえのわという「窓口」に来られた方に迅速に対応できないかもしれません。

日頃からの連携があれば、すぐに動くことができるはずです。そんな支援のネットワークづくりを進めて行きたいと思います。「その後」を生きる人々を支えるためにはそれが不可欠です。

 

注1

「その後」という言葉は『その後の不自由』から借りました。「その後」を生きるダルク女性ハウスの上川陽江さんたちによる「当事者研究」で、とても刺激的で参考になる本でした。機会があればご紹介したいと思います。

注2

サバイバーが自ら進んでトラウマ体験を話すとは限りません。特に初回から積極的に話す人は少ないでしょう。その場合に根掘り葉掘り聞いてはいけません。必要なことはサバイバーが安心して話せる環境や関係を作ること(トラウマインフォームドアプローチの一環)です。

少しの工夫はあってよいと思います。

クリニックちえのわでは問診票にトラウマに関する項目を入れています。

 

ただし、「ない」「わからない」と回答した方について、そのような体験がないと決めつけないことが大事です。