声が聞こえる人へのアプローチ

幻聴は病気?の続きです。

声が聞こえる人()へのアプローチ(治療、支援)について考えて行きます。

私たちは3つのことを心がけています。

  • 声を認める
  • 対処法を話し合う
  • 孤立を和らげる

声を認める

大事なことはまず、内容には同意しないにしても、声の存在自体は認めることだと思います。内容については必ずしも同意する必要はありませんが、声が聞こえていることはその人にとっては事実です。「幻覚」とは言いますが、本人にとっては現実の声よりさらにリアルな、その意味で超・現実的な感覚なのです。それを認めることが出発点だと、私たちは考えています。

かつては幻聴について話すとそれを強めてしまうと信じられていたこともあり、それについて話をしないことにしている医師もいました。

現在でも幻聴については立ち入らない、という医師は多いのではないかと思います。「病的な」部分についてではなく、「正常な」(または「健康な」)部分に焦点を当てる、という考え方には確かに一理あります。

その一方で、幻覚妄想に対する認知行動療法が知られるようになって来ています。

私(山田)自身は、1996年か1997年頃だったと思いますが、”Cognitive-Behavioral Therapy of Schizophrenia”(『統合失調症の認知行動療法』 Google Books)を読みました。触発されることの多い本でした。

当時、精神科病棟で関わっていた患者さんの多くが幻覚妄想のある人で、幻覚妄想を相手にしない、という頑なな姿勢では患者さんとのコミュニケーションは困難でした。その中でどのように会話するか、治療的な会話とは何か、について参考になりました。

幻覚妄想のある人に対する認知行動療法はその後広がりを見せており、何冊かの本が翻訳されています。そしてNICEのガイドラインでも、統合失調症急性期の治療として認知行動療法が推奨されています。

この現状を踏まえれば、声の存在自体は認めること、少なくともそれをスルーしないことは許されるのではないかと思います。

さて、声の存在を認める、ということはそれをその人の体験の一部として認める、ということです。「病的」か「正常」かは第三者にとっての区別であり、体験するその人にとってではありません。

「自分自身を愛するように妄想を愛している」(フロイト)とまでは言えなくとも、幻覚妄想はその人のかけがえのない体験の一部です。それを認めることはその人を認めることに通じるのではないでしょうか。

対処法を話し合う

声の存在を認めた上で、その体験、声がその人にとって問題を引き起こしている場合は、その問題への対処を検討することになります。

実はすでに問題についてその人なりの対処をしていることが普通です。

ただし、それでまったく困っていない人が診察に来ることはないでしょう。うまく行っていないからこそ診察に来る、と考えてよいと思います。心療内科・精神科を訪れる人の多くがそうであるように、自然な対処法がかえって問題をこじらせている、ということもあります。

声について言うと、たとえば、声が聞こえる苦痛から逃れるためにお酒を飲む、声の主と考えた近所の人に抗議に行く、などです。
そこで、よりよい対処法を検討しなければなりません。認知行動療法が役立つこともあります。

孤立を和らげる

もう一つ、対処法より重要かもしれないことは、関係づくりです。周囲から孤立することと幻聴には相関があります。

幻の同居人」と言われる現象を例にとって考えてみます。

「幻の同居人」(phantom boarder)とは、高齢者、特に独居の方に出現しやすい幻覚妄想です。

家の中に誰かが住み着いている、という訴えのことです。天井裏のことが多いのですが、その人の声が聞こえたりします。眠っている隙にものを取っていったり悪さをすることが多いのですが、ではまったくの敵かと言うとそうでもなく、奇妙な形で共存しているように見えることがあります。

ときに「幻の同居人」はその人にとって必要なのかもしれない、と思うことがあります。

「幻の同居人」は独居の高齢者に出現しやすいとされています。高齢による認知機能低下は関係しているかもしれませんが、認知症の人だけに出現する訳ではありません。

背景に視覚障害や聴覚障害、隣人とのトラブルなどが指摘されていますし、私の経験したケースでは、夫との死別後に「幻の同居人」が現れていました。

「孤独から救われたいという願望が投影的な心理機序として働いているのではないか」(永野修)とも言われることがあります。

とすれば、「幻の同居人」を訴える人にできることは何でしょう。薬物療法などで幻覚妄想を消すことでしょうか。おそらくそうではありません。仮に服薬することで同居人がいなくなったとしても(なかなかそうなりませんが)、かえって孤立があらわになれば、その人はよけいに苦しむでしょう。

とすれば目標は幻覚妄想が消えることではありません。むしろ孤立を和らげることでしょう。

結果として同居人がいなくなるかもしれません。いなくなったのは必要でなくなったからです。仮に同居人が消えないとしても、それはそれでよいのです。同居人がいなくても済むように孤立を解消することが目標だからです。

 

ここでは主に「声が聞こえる人」(voice hearer)を念頭に置いていますが、幻覚妄想と言われる他者と共有できない体験を持つ人に通じる話をしています。