汝を刺した槍だけがその傷を閉じることができる

メンタルの不調から回復するには何がもっとも大切でしょうか?

薬でしょうか? カウンセリング(心理療法)でしょうか?

それよりお金だ、という意見も一理あります。生活の困難、心配の少なくとも一部はお金で解決します。自立支援医療など制度の利用が重要な理由です。

しかし、私たちはあえて、それは人である、と言います。

ストレス・トラウマとメンタルヘルス」で述べたように、メンタルヘルスの問題の多くに対人関係による傷つきが関係しています。

汝を刺した槍だけがその傷を閉じることができる(注1)

という言葉があります(ワーグナー『パルジファル』)。人は人によって傷つき人によって癒されます。あるいは、人との関係で得た傷は人によってしか癒やすことができないのかもしれません。

有名な医師、H.S.サリヴァンは言っています。

人は幸せで成功していたり、満足して超然としていたり、惨めでメンタルを病んでいたり、様々ではある。しかしそういう違いよりもまず人間なのである(注2)

違いを認めることは大切です。「同じ人間だから分かり合えるはずだ」と安易に言うことはできません。しかし同時に、そういう違いを超えて、同じ人間である、というところから出発することが大切ではないでしょうか。

薬であれ、心理療法の技法であれ、土台となる人と人との関係(治療関係と呼ばれます)があって効果を上げる、とは昔から言われてきたことです。トラウマ・インフォームドの考え方を加えて、改めてこのことに目を向けたいと思います。

クリニックには医療職を含めて様々な人がいます。クリニックちえのわの場合は、医師、看護師がそれぞれ1人、事務職が4人の計6人です。クリニックを訪れた方にとってこれらのすべての人との関係が大切です。

次のエントリーではその中の医師患者関係、狭い意味での治療関係について考えてみたいと思います。

 

注1

ワーグナー『パルジファル』より 原文は”Die Wunde schliesst der Speer nur, der sie schlug.”

注2

サリヴァン『現代精神医学の概念』より 原文は”We are all much more simply human than otherwise, be we happy and successful, contented and detached, miserable and mentally disordered, or whatever.”