異議あり! 「精神科の名医」(前編)

2017年9月29日追記

新しいエントリーを書けなかったので2年前の文章を引っ張り出して来ました。

『AERA』Web版2015年7月11日付の記事を批判的に検討した文章ですが、内容は古びていないし、自分の考えも変わっていないので少し手直しして公表することにしました。

精神科の名医の見極め方 薬は「◯◯に出す」が重要〈AERA〉

読みながらして、はてなの嵐です。

「まず理解してほしいのは、副作用のない薬は存在しない、ということです。なじみのある薬なら、これだけの副作用を見聞きしても服用をためらうことはないかもしれませんが、聞いたこともない精神科の薬だったら、どうでしょうか」

ここで言われている「なじみのある薬」とはロキソニンです。でもロキソニンは処方も服用も慎重であるべき薬です。連用すれば胃粘膜障害は起きやすいし、特にピロリ菌の保菌者なら胃潰瘍〜消化管出血だって稀ではありません。腎障害も問題。実際に高齢者でロキソニンによる腎障害はときに経験します。頭痛への漫然使用で慢性連日性頭痛という問題も知られています。

これは揚げ足取りではありません。向精神薬自体は確かに特別副作用が多い薬という訳ではないかもしれません。しかし、漫然処方、多剤大量処方で副作用が問題になることが多いことを考えれば、処方も服用も慎重であった方がよいと思います。

2017/09/29追記

最近こんな記事を見ました。

名医たちが実名で明かす「私が患者だったら飲みたくない薬」

いきなり「医者はロキソニンは飲まない」という見出しが。「名医」は極論が好きなようです。極論が真理であった試しはないのですが。

 

ネットで処方薬の名前を検索すると、おどろおどろしい副作用の記述に出くわすことがある。それを読んで不安になり、医師に相談せずに服薬をやめてしまい、症状が悪化する患者が増えているという。

「…という」というのは取材した精神科医のTomy氏がこう語ったのでしょうか。Tomy氏の個人的な経験?根拠があやふやです。ありそうですが、ありそうなことと実際にあることは別。これは大事な点です。

あるうつ患者は、主治医を信頼している理由についてこう話す。

「扱う薬の種類も多く、症状に合わせてこまめに薬を変えてくれるんです」

もはやこれは悪い精神科医の典型でしょう。うつの症状には気分の重さ、悲観的考え、意欲低下、楽しめないこと(快感消失)、食欲低下、睡眠障害などがあります。しかし抗うつ薬もそれ以外の薬もそれぞれの症状に特異的に効く訳ではありません。抗うつ薬の違いは主に副作用の違いであり、それに従って選択することが推奨されているのです。

確かに、かつて三環系抗うつ薬について、ある薬は意欲低下に効きやすい、などなどの分類はありました。しかし現在のエビデンス重視の薬物療法ではそのようは違いは重視されていません。過去のものです。

こまめに変えるのではなく、抗うつ薬を使うときはむしろ十分量の薬を一定期間使うことが大切と考えられています。飲み始めてから効果が出るまでに時間がかかるからです。最終的な効果判定には2ヶ月ぐらいかける、というのが相場。

 

2017年9月29日追記

抗うつ薬にそもそも効果があると言えるのか、というのが最近の疑問ではあります。「うつ病と薬」をご参照下さい。

 

以上から「症状に合わせてこまめに薬を変える」理由はないことが分かります。もしそうする医師がいるとすれば、それは患者さんの訴えの矛先をかわしているだけでしょう。こういうやり方は往々にして多剤併用につながることも注意をしましょう。

さらに奇妙なのは上の引用文に続く箇所。

この「こまめに」が重要だとTomy氏は言う。

「患者の希望を受けて投薬を急に全面的にやめたり、中身をがらりと変えてしまったりする医師は、要注意です」

このTomy氏の言い分はその通りです(そういう医者が実際にいるかは別)。しかし、上の引用文とずれているように見えます。

さらに、

副作用に苦しみ、薬物を全て断とうとする患者はいるだろう。だが、薬の量や中身は徐々に変えていくことが、精神科治療の鉄則。それまでの処方に問題があった場合でも、1~2週間かけて徐々に減らしたり内容を変えたりする。逆に言えば、主治医を代えた後、当面は同じ薬を飲み続けるよう言われたとしても心配はない。

と続く訳ですが、この「徐々に」と上記の「こまめに」はまったく別のことです。

そしてこの箇所、「1〜2週間かけて」は明らかに誤り。これだと、まったく「徐々に」ではなく、「急に」「がらりと」ではありませんか(笑)。ここは、

1〜2週間ごとに、数ヶ月以上かけて

でなければなりません。ここはTomy氏というより取材した記者が誤ったのかもしれません。正直ありえないような誤りなので。

さて、最後の段落も大いに疑問。

「薬に頼らずカウンセリングで治したいという患者さんもいますが、主体は薬物治療であり、カウンセリングはあくまでも補助。統合失調症や心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、カウンセリングが副作用を引き起こす病気もあります。誤解されがちですが、精神科医にとってカウンセリングは専門外。カウンセリングを希望するなら、臨床心理士がいるクリニックを選ぶといいでしょう」(Tomy氏)

これについては次のエントリーで詳しく書きます。

2017/09/29追記

Tomy氏の言う「カウンセリング」が何を指すのか、という疑問がそもそもあります。クリニックちえのわの「カウンセリング」もご参照下さい。