患者と医師

汝を刺した槍だけが傷を閉じることができる」で述べたように、回復のために必要なのはまず人と人との関係だと私たちは考えています。

それはどんな関係でしょうか。

クリニックを訪れた人にとってまず重要なのは医師との関係です。そこでどんな医師患者関係が望ましいか、私たちがどのような関係を目指しているのかをお話します。

ともに問題に取り組むパートナー、という関係が望ましいと私たちは考えています。

これは言うほど簡単ではありません。医師は専門職です。権威があり、患者との間に知識の差もあります。ともすれば、医師が一方的に診断を下し、治療方針を決め、それに患者さんが従う、ということになりがちです。このような関係は今日では望ましくないとされていますが、根強く残っています。

実際、医師に対等に物が言える患者はごく少ないのではないでしょうか。言いたいことがあっても呑み込む、医師の顔色をうかがう、という人が多いのではないでしょうか。

たとえば―

紹介状を持って訪れた方。紹介状には治療がうまく行っているように書いてあります。患者さんに確認すると、実際はそうではなかった、と言います。どこでずれたのか? 調子が悪い、とか、薬が合わない、という話をしかけると、医師が少し険しい顔になる、それが怖いので引っ込めてしまう、とのこと。その人は当時、DV被害の真っ只中でした。そんな人が医師の少しの表情の変化にさえ敏感になる、というのは無理からぬことです。医師はそのことに気づいていません。患者さんがいいことしか言わないため、治療がうまく行っていると思っていたのです。

このケースに限らず、患者は権威者である医師に合わせる傾向があります。それが自分の利益にならない場合でも。医師患者関係にはこういう落とし穴があるのです。

私たちはこのことを常に念頭に置いています。

もちろん、かと言って、医師が専門職である以上、患者の言い分をひたすら聞いて従う、ということでもありません。専門職である医師と当事者である患者が、対等な立場で率直に物が言える関係、そして、摩擦が起きることがあっても最終的に合意できる関係を作って行ければ、と考えています。

患者と医師が対等なパートナーである、ということの別の側面を見ておきましょう。

左が医師、右が患者です。赤い丸は患者さんのメンタルヘルスの問題です。この図では問題は患者さんの「内」にあります。その問題を医師が見ておりそれに働きかけようとしています。

 

一方この図では、問題は「外」にあります。その問題に対して医師と患者が並んで視線を向けています。

 

 

問題の見方、取り組み方として、下の図の方が、患者と医師が対等なパートナーであるためには望ましいと考えます。これはトラウマ理解に基づいたアプローチ(trauma-informed approach)ともつながっています。そしてもう一つ大事なこと。その問題は「外」にあると言ってもあくまで患者にとっての問題である、ということです。なので治療についての最終的な決定権は患者にあります

次回はもう少し具体的に、実際の診療に即して医師患者関係を考えてみます。