ACE(adverse childhood experiences=子ども時代の有害な体験)の心身の健康への影響についてはこれまで何度か触れてきました。
クリニックちえのわの診療でもACEに関連したメンタル不調が少なくないことについても述べました。
約半数がトラウマの影響を明らかに受けており、20%つまり5人の1人に子ども時代の有害な体験(Adverse Childhood Experiences=ACE)がありました。ACEには性虐待などが、思春期以降のトラウマにはDVや職場のパワハラなどが含まれています。そして残り半数の「不明」の中にもご本人が明かしていない(あるいは気づいていない)トラウマの関与は否定できません。
ACEとは
しかし、ACEとはどのような体験を指しているのか、ACE研究とはどのようなものか、などについてはこれまで述べていませんでした。
ちょうど最近読んだ”Through A Traumatic Lens”という本(出版社のページ)に、ACEについての短いまとめがありましたので、それをもとに少しご紹介します。
ACE(Adverse Childhood Experiences)研究はサンディエゴのカイザーパーマネンテ(Kaiser Permanente 保険会社)とアメリカ疾病予防管理センター (CDC)の共同事業として1997年から1999年に掛けて行われました。
きっかけは肥満患者の臨床観察とインタビューの研究から子ども時代の体験の関与が見出されたことでした。それを受けて、子ども時代のトラウマ的出来事10種類の長期的な影響を調べることがACE研究の目的でした。
その10種類とそれを問う質問は以下の通りです(虐待の具体的な内容が含まれているため閲覧に注意して下さい)。
精神的虐待
身体的虐待
性的虐待
感情的ネグレクト
身体的ネグレクト
アルコールや薬物依存の家族がいる
実の父母との別離
母への暴力(面前DV)
家族の精神疾患
家族の服役
Adverse Childhood Experience (ACE) Questionnaire(PDF)
その結果は以下の通りでした。
ACEの種類 | YESの割合(%) |
精神的虐待 | 11 |
身体的虐待 | 28 |
性的虐待 | 22(女28、男16) |
感情的ネグレクト | 15 |
身体的ネグレクト | 10 |
家族のアルコール・薬物依存 | 27 |
実の父母との別離 | 23 |
面前DV | 17 |
家族の精神疾患 | 13 |
家族の服役 | 6 |
あくまで20世紀終わりのアメリカ合衆国での数字であり、そのまま現在の日本には当てはまらないとは思います。しかし、私たち(日本の市民)が思うほどは差は小さいのかもしれません。
ACEスコア
さて、大事なことはACEには重複があるということです。10の出来事を複数経験していることが多く、その数によって影響が大きくなります。
そこで、ACEの指標としてACEスコアが用いられます。
ACEがいくつあるか(ACEの質問にYESがいくつかあるか)でACEスコア0点から10点が付けられます。
ACEスコアと健康の相関については次のようなことが分かっています。
- 女性は男性より1.5倍以上のスコアが多い。
- ACEスコアは精神疾患だけでなく身体疾患とも関係がある
- スコア6以上の人は0の人に比べて20年近く余命が短い
ACE研究は政策にも取り入れられました。
初期のACE研究の後、カイザーパーマネンテはACEの質問を総合的医学的評価に組み込み、救急受診を減らせるなどの成果を上げました。
2008年CDCがBRFSS(行動危険因子サーベイランスシステム)にACEの質問を導入しました。現在CDCとWHOがACEの質問を世界中の健康調査に使用することを試験的に行っているそうです。
最後に。
ACEについて知ることは次のようなことを意味しません。
- メンタル不調のある人のACEを根掘り葉掘り聞き出すこと
- メンタルヘルスの問題を誰かの責任にすること
- ACEのある人すべてにトラウマ治療(trauma-specific therapy)が必要と考えること
そうではなく、次のようなことです。
- ACEという過去は変えられないが、ACEの影響という現在と未来は変えられること
- すべての人にACEがあるかもしれないと考えて配慮すること、トラウマインフォームドアプローチを行うこと