3つのE(トラウマとは何か?)ートラウマインフォームドアプローチ入門 3

トラウマという単語もすっかり日本語として定着しました。

そのせいで意味が曖昧になっています。「そんなキツいこと言うたらトラウマなるわ〜。」とか冗談っぽく言ったり。日常会話で使う場合はいちいち目くじら立てる必要はありませんが、専門用語として使うときは意味を明確にした方がよいのは確かです。

私たちは、トラウマインフォームドアプローチ(TIA)のお話をする以上、

トラウマとは何か?

について正確に理解しておく必要があります。

今回は、トラウマとは何かについて、

SAMHSA’s Concept of Trauma and Guidance for a Trauma-Informed Approach(PDF

によりながら説明します。TIAについての基本文献の1つで、これから何度も参照します。TIAに関心のある方、英語の得意な方は読んでみられてもよいかもしれません。

ちなみにSAMHSA(サムサ=薬物乱用・精神衛生管理庁)はアメリカの官庁です。以下、「SAMHSAのガイダンス」と呼びます。

3つのE

SAMHSAのガイダンスではトラウマを構成するものとして「3つのE」を挙げています。

個人のトラウマは単一の出来事、一連の出来事(Events)、状況によって起こる。それらを個人が身体的または感情的を傷害するか命を脅かすものとして経験(Experience)し、個人の機能や精神身体社会感情スピリチュアルな健康に持続的な有害な影響(Effect)を及ぼす。

出来事、経験、影響が3つのEです。

EVENT(出来事)

Event(出来事)について、たとえばDSM5では、死傷事故や性暴力を直接体験するか目撃する、と出来事の性質を記述していますが、ここではそれよりむしろ出来事に含まれる力の差(power differential)を重視しています。子ども虐待は言うまでもなく大人と子どもの圧倒的な力の差が背景にあります。それは他の対人暴力、性暴力やパワハラにも言えます。自然災害の場合には、自然vs人間という力の差があります。

出来事を体験した者が無力感を覚えるのはこのためです。そして理不尽さや恥辱、信頼を裏切られた気持ち、「自分が悪い」という罪悪感を持ちます。このことが後に大きな影響を及ぼすことは言うまでもありません。このように力(power)に注目することがトラウマインフォームドアプローチの基本です。

Experience(体験)

さて、よく問題になるのは、同じような出来事を体験してもその影響は人それぞれだということです。これは個人が出来事をどう体験(Experience)するかによって決まります。体験が2つ目のEです。

たとえば性被害を受けたとしても、十分なサポートが受けられるか、二次被害に遭うかでその後は大きく違って来ます。同じ出来事でもそれが誰にどのような状況で起こったのか、その前後に何が起こったのかによって体験のされ方は様々です。

これに関連して気をつけておきたいことがあります。同じ出来事、たとえばパワハラに遭ってうつになる人もいればそうでない人もいます。では、うつになるのはその人が弱いからなのでしょうか。その人にも責任があるのでしょうか。断じてそうではありません。これは犠牲者非難(victim blaming )に通じ、二次被害につながります。トラウマインフォームドアプローチは決してこのようには考えません。もし出来事がトラウマにならない人、あるいはなっても軽くて済むような人がいるなら、それはその人の強さ(ストレングス)のためだと考えます。トラウマを惹き起こす出来事が問題であり、対人暴力の場合あくまで責任は加害者にある、と考えるのが原則です。

出来事の影響を少なくできるストレングスを持つ人は幸運です。そしてストレングスは育てたり獲得できたりもします。ストレングス、あるいはレジリエンスは重要な事柄なので改めて詳しくお話します。

EFFECT(影響)

出来事がトラウマ体験となるとそれは様々な影響(Effect)を及ぼします。それが3つ目のEです。

短期長期にさまざまな影響が現れます。長い時間が経ってから現れるものについては、本人も出来事と結びつけることができない場合があります。

トラウマが及ぼす影響についてSAMHSAのガイダンスにはいくつか挙げられています。

  • 通常のストレスや日常生活の緊張に対処できない
  • 人を信じられない
  • 記憶・注意・思考の障害
  • 行動や感情がコントロールできない

トラウマが知情意すべての領域に影響することはこれだけでも分かりますが、認知症以外のあらゆる精神疾患がトラウマによって起こり得る、という説があります。一般には統合失調症や双極性障害(躁うつ病)はトラウマと結び付けられませんが、子ども時代のトラウマ体験 (ACEs)が関与している可能性が指摘されています。そして発症後の経過にトラウマ体験(精神医療に よるものも含めて)が影響することはむしろ普通です。さらに、精神疾患だけではなく身体疾患にも影響すると言われています。このようなトラウマの広い影響については、トラウマインフォームドアプローチ入門で順に取り上げていきたいと考えています。

TIAの第一歩はトラウマについて理解することです。今回のお話が参考になればと思います。

 

注:犠牲者非難についてはこちらの池田光穂氏の解説を参照して下さい。