発達障害への取り組み 4 ー スクリーニング

  • 対人関係が苦手で、学校や職場でうまく行かない
  • うっかりミスや忘れ物が多くて困っている

たとえばこんな悩みに非定型発達が関わっていることがあります。

このようなケースで、ご本人や周囲が「発達障害ではないか?」と疑うことも最近は増えて来ています。

ご相談内容に発達特性(非定型発達)が関係していると見られる場合、クリニックちえのわでは診断のための検査を行います。

黒田美保さんによれば

現在、発達障害に特化したアセスメントが十分に普及していないこともあるためか、アセスメントといえば知能検査や認知検査だけに依拠する傾向が散見される。しかし、WISC-IVやWAIS-IIIなどウェクスラー系の検査で明らかになるのは認知特性であって、決して発達障害であるかどうかという診断はできない。

黒田美保「発達障害の包括的アセスメント」臨床心理学 2016

この傾向は確かにあります。クリニックを訪れる方で、発達障害と以前に診断されているものの、WAISしか受けなかった、という方がおられます。一方で、検査らしい検査もなく、発達障害を否定された、という方もおられます。漠然としたイメージに基づいて判断しているのでしょうか。

発達障害の社会的な注目に比べて、医療者の知識・スキルが立ち遅れている、という状況を表しているのでしょう。

クリニックちえのわでは「発達障害に特化したアセスメント」を行っています。

スクリーニング

まずスクリーニング(Wikipedia)を行います。スクリーニングとはさらに詳しい検査が必要な人を選び出すための簡単な検査です(注1)。

クリニックちえのわでは

  • ASDに対してM-CHAT、AQ-J、児童用AQ(注2
  • ADHDに対してADHD-RSまたはCAARS

を行います。

これらは自記式質問紙です。分かりやすく言うとご本人または養育者(または担任教師)に記入頂くアンケートです。10分程度で済む簡単なものです。

スクリーニングの結果詳しい検査に進みます。クリニックちえのわでは現在、

  • ASDに対してPARS-TR
  • ADHDに対してCAADID

を行っています。これらを参考に、その他の情報も合わせて総合的に判断します。

「グレーゾーン」

たとえば「人間関係がうまく行かない」という相談に対して発達障害のアセスメントをする場合を考えてみましょう。

その結果は

  1. スクリーニングで発達障害の疑いなし
  2. スクリーニングで発達障害の疑いあり
    1. 発達障害
    2. 発達障害でない

のように分けられるでしょう。

1の場合は、「人間関係がうまく行かない」という問題はその方の発達特性とは別の理由がある、と考えた方がよいでしょう。たとえばご本人の対人緊張が強いなどですが、環境の問題が大きいこともあります。パワハラのように本人の問題でも責任でもない、というケースもしばしばです。2aの場合はASDまたはADHDの診断がつきます。それをもとに治療や支援を考えて行く、という次のステップに進みます。

2bの場合はどうでしょう。「発達障害ではない」ということで済ませてよいでしょうか。

必ずしもそうではありません。

AQの翻訳者でもある若林明雄さんによれば

もちろん、最終的な診断はDSMなどの精神医学的診断基準に基づき、より詳細な方法を用いて行う必要があるが、ASDかどうかという視点ではなく、障害の程度というスペクトラム的視点から、明らかに障害とは判断できないグレーゾーンの個人の位置づけを行うことも可能である。

また、成人の研究では、ASDの診断を受けていない人でも、得点がカットオフポイントを上回る場合には、高校卒業までに、孤立やいじめ、友人関係の困難などの社会的コミュニケーション上の問題があったことを報告しており、定型発達者でもAQで高得点を示す場合、適応上問題になりうることを示している。

若林明雄「ASDのスクリーニング 2」臨床心理学 2016

 

ASD/ADHD/LD特性は連続したものです。特性の高い人から低い人まで、様々な程度にASD/ADHD/LD特性を持つ人がいます。

ASDやADHDと診断されない「グレーゾーン」の人についても、自分の特性について知っておくことは役に立ちます。それによりその人の長所と苦手を知り、対処法を身につけたり環境調整を行ったりすることができます。

ただし、気をつけなければならないことがあります。「グレーゾーン」の人、非定型発達の人を含めて、ASD/ADHD/LD特性の高い人達の「生きづらさ」を個人の特性の問題にしてしまわないことです。

「生きづらさ」は多数派である定型発達者向きに作られた社会に由来します(障害の社会モデル)。そしてその社会は、定型発達者にとっても生きやすい社会とは言えません。

ちょうど段差をなくすのが歩行障害のある人だけでなくすべての人にとって好ましいように、バリアフリーな社会を目指すべきですし(社会的障壁の除去)、それと平行して、社会の責任において、生きづらい人たちに合理的配慮を提供しなければなりません。

私たちはこのような考えに立って、発達障害の問題に取り組んで行きたいと考えています。

治療・支援の話に入る前に、 診断についてもう少し続けます。

注1

“screen”には「さえぎる」という以外に「ふるいにかける」という意味があります。「スクリーニング」と言うときはこちらです。

代表的なスクリーニングは健康診断で行われる検便です。検便は大腸がんのスクリーニングです。検便で便潜血陰性の方は大腸がんの疑いはないと考えられ、それ以上の検査は行いません。陽性の場合、さらに詳しい検査(大腸ファイバー)を行います。ただし、そこで大腸がんと診断されるのは5%以下です。つまり陽性であるからと言って強い疑いがある訳ではありません。陰性の場合は否定される、ということがスクリーニングのポイントです。

注2

著作権の関係で、これらの検査の内容については割愛します。ただしAQ-JについてはWeb上に公開されている次の論文に項目が掲載されています。

「自閉症 スペ ク トラム指数(AQ)日本語版 の標準化」