今回はうつ病の治療についてお話します。
ここでは典型的なうつ病(たとえば「診療の流れ」のCさんのケース)についてお話しますが、それ以外の場合にもおおむね通用すると思います。
うつ病の治療については「診療の流れ」に次のように書きました。
軽症のうつ病の場合は、休息を取ることで自然に回復しますが、お仕事をお持ちの方の場合、休職のために必要であれば診断書を発行します。
休息のみでは回復しない場合は、薬物療法や認知行動療法を行います。うつ病の認知行動療法は薬物療法と少なくとも同程度の効果があるとされています(注)。
また、うつ病が長期にわたる場合は、認知行動療法の1種である行動活性化療法が効果的です。
ただし、薬物療法については「うつ病と薬」で
どうやら、うつ病は薬で治る、とは言えないどころか、薬は飲まない方がいいのではないか、という方向になって来ているようなのです。
と書きました。
ではどうするのか。
ここでは休息だけでは回復しない場合についての考え方を説明したいと思います。
考え方としてはけがや病気の後のリハビリと同じです。
たとえば軽い骨折の場合を考えましょう。ずれていれば整復して固定します。しばらく安静にしていれば骨がくっつきます。
しかし安静にはマイナス面があります。筋力が落ちて来ます。それは骨折した部分だけではありません。たとえば左脚を骨折したとします。骨折部分の安静を保つために歩かないでいると、左脚の筋肉が落ちますが、それだけでなく右脚、さらに腰や背中の筋肉も落ちます。廃用症候群やサルコペニアとはこのあたりのことを言います。そこでさらに安静を続けると歩くのがどんどん難しくなります。実際に高齢者の場合、安静が長引くせいで寝たきりになることもあります。
筋力だけの問題ではありません。転倒で骨折したイメージが残っていて歩くとまた転んぶんじゃないか、と不安になります(「転倒後症候群」という言葉もあります)。実際、筋力もバランスも悪くなっているので以前より確かに転倒しやすくなっています。そのせいで歩くのを避けるようになります。仕事や学校を休み、そればかりか遊びにも行かず、買い物や散歩にも行かなくなる…するとどうなるでしょう。元気がなくなりふさぎこみがちになります。食欲もなくなるかもしれません。こうなるともはやうつです。
これらが悪循環すると引きこもりがちになって、高齢者の場合はベッド上の生活から抜け出しにくくなります。
この結果はもちろん避けられます。骨折の場合はもちろん、他のどんなけがや病気の場合でも早期離床が求められますし、リハビリがすぐに始まります。安静が必要な部分以外は筋力を落とさないように筋トレなどをすぐに開始します。
この早期離床早期リハビリの考え方は、医療関係者はもちろん、今や一般の方にとっても常識になっているのではないでしょうか。
実は似たことはうつ病についても言えるのです。
うつ病では程度の差はあれ、普段は何気なくしていることがおっくうになり、いつもは楽しいことが楽しめなくなります。
まずは休息が必要です。ペースダウンすることでうつから回復することができます。しかし、骨折の場合と同じく、安静には副作用があります。ここでも早期離床・早期リハビリの考え方が有効です。
うつ病の場合、具体的にはどうするのでしょう。
リハビリでもいきなり歩いたりはしません。ベッド上で手足を動かすことから始めます。それと同じようにできることから始めることが大切です。少しおっくうに思えるが何とかできそうなことぐらいがいいでしょう。無理な頑張りは禁物ですが、少しだけ頑張ってみましょう。たとえば、片付けの気になる人はベッド周りだけ片付ける、散歩に行きたいけど無理な人は家族と一緒にひなたぼっこをする、家族と外食したい人は、近所のケーキ屋さんでケーキを買って一緒に食べる、そんなことでいいのです。ちょっと楽しい、やってよかったと思えることをしてみることです。
結果はどうだったでしょう。またやってみようと思ったでしょうか。そう思えれば成功です。うまく行かなければ?これは一種の実験と思って下さい。試行錯誤はつきもの、がっかりすることはありません。別のことを試しましょう。
成功の場合は、また同じことをしてもいいし、別のことをしたくなるかもしれません。こうしてたとえば
家族とひなたぼっこする→ 家族と散歩する→ 一人で散歩する→ 近所の人と話す…
という風に活動が拡がって行きます。それとともにうつからも回復して行くでしょう。
大切なのはまず行動することです。悪い気分でもほんの少しがんばればできる、ちょっとした、日常的な行動でよいのです。そして行動して気分の変化を見ることです。
悪い気分のまま何もしなければうつからは抜け出しにくくなります。一方、特別な、非日常的なイベントは必要ありません。たとえば旅行のように大きなエネルギーが必要なことは、回復が進んだ段階まで待った方がよいでしょう。疲れ果てて楽しめない、ということになるとからだにもこころにもプラスになりません。
ここで述べたことはうつ病の認知行動療法のうちの行動療法の部分です。うつ病に対する有効性と安全性療法で薬物療法より優ると考えられます。
ただし、なかなか行動を起こせない人もいます。うつ病が長期化している場合はありがちなのですが、その場合にはこれを発展させた行動活性化療法という方法があります。クリニックちえのわではこれらの方法を用いて、薬に頼らないうつ病診療を心がけています。