統合失調症の人との思い出 5(終) ー 言いたかったこと

退院した患者さんたちのアパートに往診に行きました。

ほとんどの患者さんは通院できるのです。それでも往診に行くには理由がありました。その人が生活する場で診察することに意義を感じていました。

患者さん宅にお邪魔して、お茶をいただいて、雑談して帰ってくる、ただそれだけの診察(と言えるとして)の場合もあります。

アパートで出会う患者さんは、入院していたときとは違って見えます。失礼な表現ですが、「ふつうのおばさん」なのです。以前のように「病人」らしくは見えません。

病院からアパートに移った患者さんにあるのは「生活」です。色々なことを自分で決めて、自分らしく生活することです。その生活者としての姿が「ふつうのおばさん」の正体だったように思います。(裏返すと、入院生活では生活が剥奪されていたと言えるかもしれません。)。

私はその後、在宅医療に進みましたが、原点はこの時代の体験です。診察室でもなく病室でもなく、その人が生活を営む場で患者さんを診ることの重要性を知りました。

言いたかったこと

今回の話で私が言いたかったことがあります。

電気けいれん療法、クロザリル、持効性注射剤(LAI)などをPRする病院もあります。乱用気味とは思うものの、必要最小限に使うのであれば、それらの効果を私は否定しません。
フランコ・バザーリア、オープンダイアローグの紹介に熱心な人たちもいます。日本での語られ方に疑問はありますが、方向性は好ましいとは思います。

しかし、それらを語る前に考えるべきことがあるのではないでしょうか。

それは今更ではありますが、人のつながりということです。

私たちの前には傷ついた人がいます。それを癒やすことができるのは人間性であり、人とのつながりです。それを私は精神科病院で体験しました。

今も考えは変わりません。医者と患者と言っても人と人です。それをおろそかにしたままで新しいものを導入して、何が変わるのでしょう。

重症患者に関わるときにそんな呑気なことは言っていられない、と言う人がいるかもしれません。しかし、重症の人ほど人間性を、つながりを必要としていると私は思います。


家族会では10人ほどの患者さんのお話を用意していましたが、結局お話できたのは5人だけでした。そのうちの4人について記事にしてみました。
私と統合失調症の患者さんとの関わりについては、以前の記事(誰が「常同症」なのか?世界で二番目の美人)もご参照下さい。

ただし、統合失調症の人が特別という訳ではありません。統合失調症の人との関わりも当たり前の人と人との関わりなのです。それを日々丁寧に積み重ねることが何より大事なのだと私は考えています。

人は幸せで成功していたり、満足して超然としていたり、惨めでメンタルを病んでいたり、様々ではある。しかしそういう違いよりもまず人間なのである。

H.S.サリヴァン