統合失調症の人との思い出 3 ー 退院に必要なこと

ここで少し脇道にそれます。

前回ご紹介したMさんは私が関わって退院した長期入院患者の一人です。

どの患者さんも、症状が改善したから退院した訳ではありません。

統合失調症で長期入院の人たちはたいてい、幻覚妄想があってもそれと共存して病院内で生活しています。

一方、統合失調症には幻覚妄想のような陽性症状(通常ないものがある)とともに陰性症状(通常あるものがない)と呼ばれるものがあるとされます。意欲に乏しい、感情の動きが鈍い、疲れやすい、などです。エネルギーが下がる、とも言えます。これが患者さんの自立を難しくする要因になります。ただし、陰性症状と見えるもののうち、統合失調症自体によるものは一部に過ぎません。古くから施設症(institutionalism)という言葉があるように、長年の入院生活によるものもありますし、薬によるものもあります。

これらの症状を、たとえば薬物によって治療することは長期入院患者さんについては現実的ではありません。そしてそれは退院にとって必要でもありません。

患者さんの退院に関わる中で症状がそのままでも退院できる人は多い、ということを私は学びました。

退院に必要なこと

思い返せば、その病院で患者さんが退院できた理由がいくつかあります。それを考えることで、長期入院患者が退院できる条件が見えて来ます。

Mさんが単身アパート生活が送れたのは看護師たちの関わりのおかげでした。患者さんに関わる看護師たちは、専門職という立場を超えて、ときに友人として関わっていたと思います。実際、ある看護師は退院した患者さんに個人の電話番号を伝えていました。

必要なのは何より「人」なのです。

住まい

そして住まいです。

近年、精神障害者、シングルマザーなどについて、居住支援の大切さが言われています(ハウジングファースト)。

この点で私たちは恵まれていました。家賃の安いアパートが近隣にあったのです。

当時聞いたところでは、温泉街であったその地域は最盛期を過ぎて温泉旅館が減っていました。そのせいで、かつて従業員が住んでいたアパートに空室が多い、とのことでした。安価というだけでなく、病院からの退院者を受け入れてくれる背景には買い手市場があったのでしょう。

ただし、精神障害者ということで入居を渋られても不思議ではありませんでした。そうならなかったのは、それまで病院と地域の築いてきた関係もあったと思います。実際、患者さんがトラブルを起こしたときの地域の人たちの対応に温かさを感じたことがあります。

そして、薬の少なさです。

精神科では薬物の多剤併用が問題になります。ガイドラインなどで推奨される処方、エビデンスに基づいた処方が精神科では普及していません。多くの医師は経験、と言うより習慣に基づいて処方しがちです。

医師ごとと言うより出身医局によって処方の傾向があったり、病院によって処方薬とその量が違ったりするのはその証拠でしょう。

私が受け持った患者さんが服用している薬は比較的少量でした。当時はそれが当たり前と思っていたのですが、その後勤務した東京の病院で多剤大量処方を目の当たりにして、必ずしもそうではないことが分かりました。

多剤大量処方が目立つ病院では患者さんの活気、精彩がなく、明らかな薬の副作用も目立ちました。ジストニア、ジスキネジア、水中毒…。

薬が少量であれば、患者さんの日常生活動作(ADL)への影響は少なくなります。そして退院を考えたとき別のメリットもあります。

退院すれば入院中に比べて服薬が不規則になりがちです。長期的に服薬している人が急に断薬した場合、離脱症状を起こす危険があります。薬が少ないと仮に離脱症状があっても軽く済むことが期待できます。


これらの好条件を活かして何人かの長期入院者が退院すると、連鎖反応が起きました。自分も、という患者さんが現れたのです。

その中の一人、Sさんのお話は次回に。