拳銃ではなくトラウマインフォームドアプローチを

日本の精神科医療には問題が山積みです。私たちは、クリニックちえのわの毎日の診療で、ささやかながらその問題に取り組んで行きたいと考えています。

このブログでは診療に直接関係のない意見表明をすることは控えています(ブックマークを除く)。しかし今回は黙っていてはいけないと思います。

「精神科医にも拳銃を」?!

日本精神科病院協会(通称:日精協)という精神科病院経営者の団体の会長、山崎学氏の発言が物議を醸しています。

「精神科医にも拳銃持たせて」病院協会長が機関誌で引用

文章は協会機関誌の「協会雑誌」5月号(同月5日発行)の巻頭言。山崎会長は、自身が理事長を務める群馬県内の病院の医師が朝礼で話した内容を「興味深かった」として引用した

医師は、精神疾患の患者への行動制限を減らす試みが世界の医療現場で進む一方、米国では患者の暴力に対応するため武装した警備員が病院におり、暴れる患者を拘束したり拳銃を発砲したりした事例もあると説明。「もはや患者の暴力は治療の問題ではなく治安問題」などとし、「僕の意見は『精神科医にも拳銃を持たせてくれ』ということです」と述べたという。

「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という発言を「興味深かった」と紹介した訳です。今は削除されています(批判とは無関係と協会側は説明)が、堂々とウェブ上に公開されたこの巻頭言を読んだときさすがに驚きました。山崎氏は批判されることの多い日本の精神医療をことさらに賛美する発言をこの巻頭言で繰り返して来ました。それでも今回のものはさすがに一線を超えています。

記事の続きに

山崎会長の見解は直接書かれていないが、巻頭言の文末では患者の暴力に対応するため、協会として「精神科医療安全士」の認定制度を検討していることも紹介している。

とあります。

実際に日精協は

精神科医療安全士(仮称)創設について

しかし、患者さんの暴力に対する山崎氏のような認識が背景にあることが問題です。

精神科病棟での「暴力」とは

私はかつて精神科病棟で入院患者さんを担当していました。そこで患者さんに殴られたこともあります。看護スタッフが患者さんの暴力でけがをしたこともあります。しかし山崎氏のように考えたことは一度もありません

暴力には理由があります。暴力が起きる文脈があります。暴力は「病気」のせいで起こる訳ではありません。精神科の入院患者さんはむやみに暴力を振るう危険な存在ではありません

確かに暴力の防止は必要です。しかし防がなければならないのは、患者さんによる暴力だけではありません。

そもそも暴力を物理的暴力だけで考えるのは狭すぎます。DVを考えれば明らかなように、むしろ精神的暴力こそが人にダメージを与えます。そして精神的暴力ということで言えば、患者さんは加害者ではなくむしろ被害者の立場です()。トラウマインフォームドアプローチをめぐって私たちが述べて来たように、患者さんには(入院に至るような人であれば特に)ACEなど対人暴力の経験がある人が多く、また精神医療自体が新たなトラウマ体験を与えていることも多いのです

特に、近年注目を集めている身体拘束こそ精神科病院でもっとも広く行われている暴力のはずです。(→ 精神科医療の身体拘束を考える会)それは物理的にも心理的にも大きなダメージをもたらし、ときに死に至らしめます。

私たちは以前、このような精神科病院のやり方を「ノントラウマインフォームド(non-trauma-informed)なアプローチ」と呼び、以下のように述べました。

権力(power)をふるったり、支配(control)したりを最小限にすること。精神医療にあるそのような文化に絶え間なく注意を払うことが必要です。鍵や拘束衣、スタッフの威圧的な態度や口調はなくさなければなりません。

従来の精神医療では、スタッフは規則を押し付け患者がそれに従う、という関係になっていました。強制医療はその代表的なケースです。

精神医療では、うまく行かないとき患者の責任にしがちです。たとえば患者がスタッフに暴力を振るったとき保護室に隔離する、というような。保護室が「反省室」と呼ばれている病院もあるとかつて聞いたことがあります。

トラウマインフォームドアプローチ入門 1

必要なのは、権力(power)で抑える方法ではありません。暴力に暴力を重ねてエスカレートさせることでもありません。患者さんやスタッフ、関係者すべてに対するトラウマインフォームドアプローチこそが必要なのです。

山崎氏のような暴言はもちろん、精神科医療安全士なるものを批判するのに必ずしも対案を提示する必要はありません。悪いものは悪い、でよいと思います。

しかし私たちとしては、背景にある暴力についての考え方を転換することを目指したいと思います。

それゆえにあえて、

拳銃ではなく、精神科医療安全士でもなく、トラウマインフォームドアプローチを

と訴えます。


実は、精神障害者は暴力の加害者ではなく被害者にはなりやすい、ということが知られています。