減薬・断薬(以下、単に「減薬」と記します)について引き続き考えて行きます。
「減薬」でGoogle検索してみると、上位に来るのはほとんど向精神薬の減薬についてのページです。そして「減薬に関連するキーワード」として挙がっているのは、こんな言葉です。
これを見ると「減薬」とはほぼ「向精神薬の減薬」を意味するようです。
向精神薬に減薬のニーズがある理由
こころの集い in 神戸で話し合っているとき、ふと疑問が湧きました。
「精神科でだけ減薬が言われるのは何故なのだろう?」
多剤併用(ポリファーマシー)が話題として取り上げられることは精神科以外でもあります。しかし、それは医師や薬剤師という専門職の間での話であり、患者サイドで話題になることはまずありません。
今回はその理由について考えてみます。
- 薬が多い
- 副作用が強い
- 効果が実感しにくい
- スティグマ(社会的なマイナスイメージ)
- 説明不足
これらについて一つずつ見て行きましょう。
薬が多い
まず何より、薬が多いことです。薬の種類や量が多いこと(多剤併用、ポリファーマシー)はやむを得ない場合もあります。たとえば緩和ケアでは、痛みをはじめとして様々な症状をコントロールするために、多数多量の薬を使うことは珍しくありません。
問題なのは、必要以上の、不合理な、多剤併用です。
精神科以外でも不合理な処方はあります。高齢者への降圧剤や脂質異常症治療薬の処方は疑問視されていますし、胃薬(特にPPI)の漫然処方のような問題もあります。
高齢者の在宅医療ではそれまで処方されていた薬を減薬して行くことで生活の質(QOL)が改善することが知られていますし、私も在宅医としてそのような経験があります。
しかし、それでも多剤併用が精神科で目立つのは事実です。その証拠が多剤併用への処方料の減額です。
「3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、3種類以上の抗うつ薬、3種類以上の抗精神病薬又は4種類以上の抗不安薬及び睡眠薬の投薬」を行った場合は減額となります。
減額となるのは明らかに不合理な投薬だからですが、診療報酬上のペナルティを課す必要があるほどよく行われているということです。向精神薬以外ではこのようなことはありません。精神科に携わる者としては恥ずかしい気持ちになります。
副作用が強い
肥満、運動症状(パーキンソン症状、アカシジア、ジスキネジア、ジストニアなど)、眠気、便秘、注意集中困難、作業能力の低下…少し思いつくだけでも向精神薬の副作用、特に不快であったり日常生活や社会生活の負担になる副作用が目立ちます。服用が長期になれば負担は大きくなりますし、効果が実感しにくいことと合わせて服薬をより重荷に感じることになります。
その一方で、処方する医師の側に、向精神薬の副作用についての配慮が乏しい、という印象を私は持っています。精神症状の緩和、再発防止に目が行きがちで、患者さんの生活をトータルに改善する、という意識が希薄なのかもしれません(ここでは詳しく述べませんが、実は精神科だけの問題ではありません)。
スティグマ
向精神薬を服用することは、自分がうつ病などの精神疾患にかかっていることを認めることです。長期に服用する場合は精神障害者であることを受け入れるという意味を持ちます。
この社会では精神障害者はスティグマ(社会的なマイナスイメージ)を負わされています。もっとはっきり言えば差別されています。このことが服薬する人の自己評価の低下、疎外感などにつながります。
効果が実感しにくい
仮に適切な処方だとしても向精神薬の効果は実感しにくいものです。
精神科の治療薬として効果が認められている代表的な薬は抗うつ薬、抗精神病薬、気分安定薬などです。しかしこれらは服薬する本人にとって効果が実感しにくい薬です。むしろ副作用の方が実感されやすいでしょう。このことは内科薬に比べても目立ちます。たとえば消炎鎮痛薬は痛みが取れたり熱が下がったりします。
降圧剤は効果は実感しにくいですが数値で現れます。一方これらの薬の副作用を実感することは向精神薬に比べれば少ないと言えます。
さらに、処方が不適切な場合、実感が持てないのは当たり前です。効果がないのですから。服薬する人は、効果を疑いながら副作用に耐えながら飲み続けることになります。
むしろなぜ服薬を続けるのかが不思議になって来ます。
- 医師を信じている(「先生にお任せします。」)
- 家族に強く勧められている(家族が医師を信じている)
- 再発、特に再入院への不安
- 年金が受給できなくなる(注)
これらは理解はできますが、本末転倒です。服薬は本来自分のためであり、別の人であったり別の目的のためではありません。意義を理解して進んで服薬するのが本筋です。
説明不足
副作用が強く、効果の実感が乏しく、しかもスティグマの問題もあれば、服薬することに抵抗感があるのは当然です。
抵抗感のある薬を服用してもらうためには、処方する際に十分な説明が必要なはずです。
しかし実際には説明不足になりがちです。このことが服薬の中断や、中断しない場合でも減薬のニーズにつながるのではないでしょうか。
説明不足になるのは診察時間の短さ、その背景にある診療報酬の問題があります。しかし、それだけではないように思います。精神科では他科に比べても丁寧に説明が行われているとは言えないでしょう。このこと、精神科におけるインフォームドコンセントの問題については改めて考えてみたいと思います。
ニーズにどう応える?
減薬・断薬のニーズが精神科で「だけ」あるように見える理由としてさしあたり考えられるものを挙げてみました。
減薬・断薬に対する医師の考えは様々であってよいでしょう。たとえば抗精神病薬を長期に服用することについては意見が分かれており、決着がついていません。
しかし、減薬のニーズに応答することは必要だと思います。目の前の患者さんが「薬を減らしたい」「薬を飲みたくない」と言ったときに、門前払いしたり、ましてや怒ったりしてはなりません。かと言って、患者さんの求めるがままに減薬・断薬することも医師として好ましい対応とは言えません。
まず患者さんの減薬への思いを聞くこと、そして医師としての意見を率直に述べて話し合うことです。まず結論ありきではなく、患者が主体的に薬を飲む/飲まないを選択できることが重要です。それをサポートするのが医師の役割です。
次回は私が減薬のニーズに実際にどう応答して来たかについてお話します。
服薬をやめると年金が受給できなくなるのではないか、というのは年金を受給している複数の方から聞きました。
もちろんこれは事実に反します。
副作用などで服薬できない人、服薬しても効果がない人は多いのです。しかも、たとえば抗精神病薬は、仮に症状を和らげたり再発を防いだりするとしても(これにも疑問の余地があります)、作業能力を下げたり、社会生活上はかえって障害を増やすことがあることが知られています。
そのために服薬しない人が年金受給できないというのはおかしなことですし、実際そういうことはありません。