パワハラについて考えてみました

明石駅前にあるクリニックちえのわでは、診察中に街頭演説の声が聞こえて来ることがあります。

最近はいつにも増して賑やかです。

任期満了を待たずに市長が辞任して、近々明石市長選挙が行われるためです。

辞任の原因となった前市長による暴言について、擁護する意見もありますが、それがパワハラであったことは否定できません(注1)。市長が辞任したのもそれを認めてのことでしょう。

パワハラがきっかけのうつやトラウマ症状でクリニックちえのわを訪れる人は珍しくありません

そこでこの機会に、パワハラについて考えてみたいと思います。

パワハラとは

まずパワハラという言葉について。

パワハラはパワーハラスメント(power harrassment)という和製英語の省略形です。英語にはworkplace harrassment(職場でのハラスメント)という言葉やworkplace bullying(職場でのいじめ)という言葉があります。ニュアンスの違いはありますが、似た行為を指していると考えてよさそうです。

パワハラの定義です。

同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為

パワハラの定義(厚生労働省)

 

「業務の適正な範囲を超えて」という文言が入っていることもあって、あいまいな定義になっています。「適正」の基準については「各職場で、何が業務の適正な範囲で、何がそうでないのか、その範囲を明確にする取組を行う」となっており、基準は明確になっていません。

一方、労災認定基準によれば、「嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」場合、心理的負荷が「強」となるのは次のような場合です。

  • 部下に対する上司の言動が、業務指導の範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた
  • 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた
  • 治療を要する程度の暴行を受けた

精神障害の労災認定(PDF

明石市長辞任のきっかけとなった暴言はどうでしょう。

録音された単回の暴言であれば、仮に人格や人間性を否定するような言動であっても、この基準に当てはまりません。しかし、このような暴言が繰り返しあったのであれば、基準を満たす可能性はあります。

幸いにして明石市長の言動でうつ病や適応障害という精神疾患を発症した人はいないとされていますが、もしいれば労災が適用される可能性があります。

パワハラはなぜいけないか?

パワハラはなぜいけないのでしょう。

私たち医療者の立場では、何より「精神的・身体的苦痛を与える」からです。職場のハラスメントがきっかけとなってクリニックちえのわを訪れる人々はPTSD、うつ病、適応障害などの病名がつきます(注2)。いずれにせよ、対人暴力としてのパワハラはトラウマ体験となります

パワハラの根は、人を動かすことに「パワー」を用いることにあります
特に、威嚇したり「〇〇しないと☓☓するぞ!」のように処罰や制裁をちらつかせて人を動かそうとすることは心理学的には効果が乏しいことが分かっています。
不安や恐怖を喚起して人を動かそうとするのは拙い方法です。そしてその不安や恐怖は人の精神的身体的健康を損ないます。

それだけではありません。暴力の連鎖という言葉があります。上司が部下にハラスメントをすると部下はその部下にハラスメントをしがちです。暴力やハラスメントは力の序列(ヒエラルキー)に沿って上から下に流れます
特にトップマネジメントによるパワハラはその組織全体にパワハラ文化を蔓延させる可能性があります(実際、私はそういう職場で働いていたことがあります)。
影響は組織で働く人々にとどまりません。組織のパフォーマンスを低下させ、その組織の顧客にも影響を及ぼします。
パワハラは組織を様々な意味でスポイルするのです。

引き続きパワハラについて考えて行きます。


注1

この件について共感できたのは中島岳志さん(東京工業大学)のツイートです。

泉房穂明石市長の暴言問題。彼が主導してきた障害者政策、子育て政策には意味がある。しかし、その政策を支える情熱的な正義感が、正義を纏うが故に、従順でない他者への暴力と転化してしまう点に大きな問題がある。政策評価によって暴力が免罪されるような言説こそ問題だ。

中島岳志 on twitter

なお、ご本人が辞任会見で

「怒りをコントロールできなかった」

「自分の感情をコントロールできず怒鳴ったりするのは、リーダーとしての資質が欠けていた」

神戸新聞2019/2/1

と言っておられるように、泉さん個人は、怒りのコントロールについて問題を抱えているようです。

パワハラは単に個人の問題ではなく組織や構造の問題として考えなければなりませんが、パワハラ防止にはアンガーマネジメントも有効な手段であるであると思います。この点についても改めて述べたいと思います。

注2

パワハラのある職場は、働く人を大事にしていない職場でもあることが多く、過重労働も伴いがちです。これらが合わさって、働く人の健康が損なわれます。