木の芽家族会でお話しました 2

あらかじめいただいたお題の一つは薬についてでした。薬が多過ぎるのではないか、本当にそれだけ必要なのか、などはご本人やご家族がしばしば持つ疑問です。精神科における多剤併用療法(ポリファーマシー)はいつも問題にされて来ました。

多剤併用で起こりがちな服薬の問題

多剤になっている場合、本当にそれだけの薬が必要、という場合は確かにあるでしょう。試行錯誤の末に一見不合理に見える多剤併用処方になっていることは皆無とは言えません。
しかし、実際にはそういうケースはむしろ少数ではないかと思います。あまりに多過ぎる場合、あるいは診療初期からいきなり多剤になっている場合などがよく見られます(→ 薬が増えて減らないのはなぜ?)。

処方箋を発行するのは医師ですが、服用するのは患者さんです。医師の処方通りに患者さんが飲もうとしない、というすれ違いが多剤併用の場合は特に起こりがちです。

本人が服薬を拒む場合、家族が飲ませようとすると、本人と家族に摩擦が起きます。

急に服薬を中断することも起こります。するとしばしばつらい離脱症状が現れます。

処方箋通りではない自己流の飲み方をするようになる人もいます。

本来精神科の薬は定時に飲むことで効果を発揮します。高血圧の薬と同じです。しかし私たちが薬を飲みたくなるのは、たとえば頭が痛いときのように、苦しいときです。苦痛を和らげるために薬を飲む… 精神科では、フラッシュバック、幻聴、パニック発作などで苦しいときに薬を飲むことになります。苦しいときにある種の薬(たとえばベンゾジアゼピン)を飲むと、フーッと気持ちよくなって、一時的に気が紛れることはあるでしょう。しかしこれは薬の本来の使い方ではありません。こういう飲み方は飲酒と似ています。アルコールが精神疾患を悪化させることはよく知られています。

苦しいときに薬を飲むことのマイナスはこれだけではありません。苦しいときに薬に頼るようになればなるほど、それ以外の方法を見つけたり試したりしなくなります。自分で自分をコントロールするのではなく、薬に外からコントロールされるようになる訳です。これでは回復からかえって遠ざかっていると言えないでしょうか。

減薬を考えるとき

このように薬に飲んでいてうまくいかない場合、これでいいんだろうか、と患者さんやご家族は考えるようになります。
副作用があるときは余計です。たとえば体重が増える場合です。
メタボリックシンドローム、これが余命や健康寿命に影響することが最近知られるようになっています(→ 心身両面のケア)。見た目が変わることも無視できません。それで自己評価が下がるのは辛いことですし、外出に消極的になるなど、社会生活に影響が出ることもあります。
実際、減薬することで体重が減ることはしばしば経験します。それで明るくなった人、自信を持てた人を何人も知っています。

薬が多過ぎると思うときは一度は減薬を検討するのがよいでしょう。ただし、まず薬を処方する医師に改めて相談することをお勧めします。それで納得の行く説明が得られるかどうかです。納得できれば現状維持もよいと思いますし、逆に、主治医も処方の見直しに賛成の場合もあります。→追記

さて、ここまでは多剤併用、不合理な処方の場合について話してきました。

薬についてのお話がもう少し続きます。

向精神薬についての話題はこちらにまとめてあります。あわせてご覧下さい。

 

追記(2019/05/23)

昨日、ある方が「エビデンスに基づかず自己判断で減断薬すること」を批判しておられました。
お話を聞いていて、この批判は方向違いではないか、と思いました。

エビデンスを無視した処方、特に多剤大量処方をする/ 本人や家族に十分に説明し同意を取ることなく処方する/ 処方についての疑問に真摯に答えない…

残念ながらこういう医師は例外とは言えません。
主治医がこういう医師で、やむにやまれず自己判断で減断薬する方は少なくありません。それを一方的に批判するのは妥当ではありません。

付け加えると、医療ユーザーの側は「エビデンス」に従う必要はないのです。エビデンスを考慮する必要があるのは医療者の側です。
しかも、そもそもエビデンスは統計的なものです。詳しい説明は省きますが、稀な副作用が現れたために薬を中止する、というときにエビデンスは関係ありません。
ちなみにこの発言の主は医師ではなく弁護士でしたが、「エビデンス」という医学用語の意味はよくご存じなかったのでしょう。