エンパワメント、主張、選択(第5の基本原理)ートラウマインフォームドアプローチ入門5−4

トラウマインフォームドアプローチの6つの基本原理を紹介しています。

はじめにー魂は死なない

「魂の殺人」という言葉があります。誰が最初に使ったのか分かりませんが、養育者による虐待を描いたアリス・ミラーの『魂の殺人』によって広まったのではないかと思います。原題は„Anfang war Erziehung”、つまり「はじめは教育だった」なのですが、印象的な邦題が独り歩きしている印象があります。

虐待や性暴力について「魂の殺人」という言葉を使う人もいます。これらのトラウマ体験の影響が深刻であることを言いたいのでしょう。

しかし、「魂の殺人」はサバイバーには不評です。「サバイバー」という言葉通り、生きている人、生きようとしている人にとって「殺人」という言葉は受け入れがたいのではないでしょうか。

「魂の殺人」にはトラウマによるダメージから回復しないニュアンスがありますが、そうではないはずです。魂は死んではいません。トラウマから回復することができます。それを信じることがサバイバーにとっても私たち支援者にとっても何より大切です。

トラウマの深刻さを受け止めることと回復を信じることは両立するのです。

いやむしろ、サバイバーの回復する力、強さ(ストレングス)、レジリエンスを信じることができてこそ、トラウマの深刻さを直視できると私は考えています。

エンパワメント、主張、選択

さて、トラウマインフォームドアプローチ(TIA)の第5の基本原理「エンパワメント、主張、選択」を見てみましょう。

Throughout the organization and among the clients served, individuals’ strengths and experiences are recognized and built upon. The organization fosters a belief in the primacy of the people served, in resilience, and in the ability of individuals, organizations, and communities to heal and promote recovery from trauma.

一人ひとりの強さ(strength)と経験を理解し尊重することから支援は始まります。そして当事者のレジリエンスを信じること、サバイバー本人・支援者・コミュニティの回復を促進する能力を信じることをトラウマインフォームドな組織は育む、と言っています。

As such, operations, workforce development and services are organized to foster empowerment for staff and clients alike.

その考えに基づいて、トラウマインフォームドな組織は、スタッフとクライエントのエンパワメントを推進するように運営されます。

ここでエンパワメントという言葉が出て来ました。すでに馴染み深い言葉ですが、Wikipediaを見ると、

エンパワーメント(empowerment、エンパワメントとも)とは一般的には、個人や集団が自らの生活への統御感を獲得し、組織的、社会的、構造に外郭的な影響を与えるようになることであると定義される。

エンパワメント(Wikipedia)

とあります。

そもそもエンパワメントは「パワーを与える」という意味です。

Event(出来事)について、たとえばDSM5では、死傷事故や性暴力を直接体験するか目撃する、と出来事の性質を記述していますが、ここではそれよりむしろ出来事に含まれる力の差(power differential)を重視しています。子ども虐待は言うまでもなく大人と子どもの圧倒的な力の差が背景にあります。それは他の対人暴力、性暴力やパワハラにも言えます。自然災害の場合には、自然vs人間という力の差があります。

出来事を体験した者が無力感を覚えるのはこのためです。そして理不尽さや恥辱、信頼を裏切られた気持ち、「自分が悪い」という罪悪感を持ちます。このことが後に大きな影響を及ぼすことは言うまでもありません。このように力(power)に注目することがトラウマインフォームドアプローチの基本です。

3つのE

TIAではクライエントもスタッフもトラウマ体験の影響を受けていると考えます。パワーに圧倒されたりパワーを奪われたりする人々に「パワーを与える」、それがエンパワメントです。

エンパワメントの内容

ガイダンスでは以下、エンパワメントの内容が具体的に述べられています。トラウマインフォームドアプローチ入門でこれまで述べたことと重複しますが、簡単に紹介しましょう。

Organizations understand the importance of power differentials and ways in which clients, historically, have been diminished in voice and choice and
are often recipients of coercive treatment.

パワーの差(power differentials)の重要性を理解すること。そしてクライエントが自己主張と選択の権利(voice and choice)を奪われて来たこと、しばしば強制治療を受けていることを理解すること。

この理解に基づいてTIAではスタッフとクライエントの対等な関係を目指します。

Clients are supported in shared decision-making, choice, and goal setting to determine the plan of action they need to heal and move forward.

クライエントが回復するための行動計画の共同意思決定(shared dicision-making )、選択、目標設定を支援すること。

They are supported in cultivating self-advocacy skills.

セルフアドボカシーのスキルを伸ばすよう支援すること。

Staff are facilitators of recovery rather than controllers of recovery.

スタッフは回復をコントロールするのではなく促進(facilitate)すること。

スタッフもまた支援を受けます。ケアする者がケアされることがTIAでは不可欠です。

Staff are empowered to do their work as well as possible by adequate organizational support.

スタッフも組織から十分な支援を受けてエンパワーされること。

This is a parallel process as staff need to feel safe, as much as people receiving services.

スタッフもクライエントと同じように安全を感じる必要があること。

クライエントであれスタッフであれ、すべての関係者のトラウマ体験から回復する力を信じ、それを強めていくこと(エンパワメント)、それがトラウマインフォームドアプローチの原理です。

「共同意思決定(shared decision-making)」に違和感を覚えるかもしれません。決めるのはあくまで本人、自己決定が望ましいのではないか、と。

ただし、ここでは決定に至るプロセスが言われているのだろうと思います。

たとえば治療において、治療者がクライエントに一方的に説明して「はい選んで下さい」では自己決定とは言えないでしょう。逆に、クライエントが一から十まで自分で治療を決める、という意味の自己決定は不可能です。

治療者は専門家として、クライエントが持たない知識を持っています。治療者はその知識を提供しなければなりません。その上でクライエントは自分の考えを表明します(voice)。そして討議を重ね、最終的にクライエントが決めます(choice)。

クライエントが意思表示できなかったり、決定が強制されるパターナリズムと対比して、これを共同意思決定と言っています。