2018年をトラウマインフォームドアプローチの年に
クリニックちえのわの最大のミッション、トラウマインフォームドアプローチ(TIA)を2018年最初のエントリーに選びました。
TIAは医療に限らず、福祉、教育、矯正などすべての対人支援で求められるアプローチであり、最終的にはトラウマインフォームドな社会を目指しています。
今年はクリニックちえのわでTIAの実装を進めていくだけではなく、TIA推進に向けた活動をクリニックの外でも展開して行ければいいと思っています。
2018年をカバ年…ではなく、トラウマインフォームドアプローチの年にしたいと思います。よろしくお願いいたします。
さて本編です。
「ピアサポート」と「協働と相互性」
トラウマインフォームドアプローチの6つの基本原理を紹介しています。
今回は互いに関連が深い「ピアサポート」と「協働と相互性」をまとめて取り上げます。
ピアサポート
ピアサポートとは何でしょうか。意図的なピアサポート(intentional peer support)を提唱するシェリー・ミードによれば、
Is it about being a paid friend? Not really.
Is it about taking care of someone? Definitely not.
Are you providing treatment? No.
Are you connecting with someone in a way that contributes to both people learning and growing? That’s it!
すなわち
有償の友人ではなく、誰かの世話をすることでは断じてなく、治療を提供することでもない。そうではなく、誰かとつながることでお互いが学び成長する、それがピアサポートである
ということです。
SAMHSAのガイダンス(PDF)でも、ピアサポートと相互的な(mutual)セルフヘルプ、とあるように、相互性が不可欠です。
その意味で、最近日本で一部導入されている「ピアサポート専門員」は「支援のチームの一員」とされており、サポートする人とされる人の関係が一方通行なのではないか、という疑問があります。そこでは専門職ーピアサポート専門員ー支援される当事者、という力関係が生じるのではないでしょうか(注)。これに関わっている関係者、特に当事者には相互性について再考していただければと思います。
さて、SAMHSAのガイダンスでは、「ピア」はトラウマサバイバー(trauma survivor)と同じ意味とされています。ミードも「意図的なピアサポートはトラウマインフォームドなピアサポートである」(”This Is Trauma-Informed Peer Support”)と言っています。
ただし
A Trauma-Informed Worldview
- Does not assume that everyone has a history of abuse, however, it acknowledges the impact of trauma on:
- Our own and other’s worldview
- Our relationships and even society
- Is critical in thinking about building mutually responsible relationships, and ultimately responsible communities
“Intentional Peer Support: An Alternative Approach”
と言われるように、トラウマインフォームドとは、誰もが虐待経験を持つ、というような仮定を置くことではありません。トラウマが私たちの世界観や関係、社会にまで強い影響を及ぼしていることを認識することです。そしてこの認識のもとに、互いがピアサポートの関係に責任を持つことが求められるのです。
ピアサポートについてはもっと理解を深めて行きたいと思いますし、当事者から、当事者とともに学んで行きたいと思います。しかし今回はトラウマインフォームドアプローチとの関係を指摘するにとどめて、次に進みましょう。
協働と相互性
SAMSHAのガイダンスのこの項目には、
「治療的であるためには治療者でなくてもよい」
という言葉が引用されています。
癒やし(healing)は本人と治療者を含むすべてのスタッフとの対等な関係の中で生じる、というのがトラウマインフォームドアプローチなのです。関係者全員が重要な役割を担っています。
対等な関係の内容はパワー(力、権力、権限)と意思決定をシェアすることです。これは形だけのものではなく、実質的な意味のある(meaningful)共有でなければなりません。
医師と患者、支援者と被支援者、専門職と非専門職、専門職と当事者、管理者とスタッフなどの間にある力関係に気づくことがまず必要です。これをそのままにするなら再外傷化は避けられません。
組織は人の集まりでありそこには自ずと力関係が生じます。力関係があるところには対人暴力が付き物です(「3つのE トラウマとは何か?」)。医療機関はもとより、サバイバー支援や当事者のグループもパワハラやセクハラなど対人暴力と無縁ではありません。私自身も経験しています。それを前提に、再外傷化を、なくすことはできないまでも抵抗する(Resist)ことが必要なのです。
放っておくと必ず生まれる力関係、パワーの不均衡、それを常にモニターしてバランスを回復することが、トラウマインフォームドアプローチにとって欠かせません。
パトリシア・ディーガンは次のように言っています。
There is no doubt that Peer Specialists have many unique skills that enrich the entire team. However, within these traditional clinical settings, it’s not unusual for Peer Specialists to begin to adopt the language and practices associated with the clinical worldview. In other words, over time the work of many Peer Specialists begins to resemble the work of other clinicians on the team.
ディーガンはピアスペシャリストについて評価しつつも、強調部分(引用者による)で
こうした伝統的な臨床場面ではピアスペシャリストが臨床的な世界観と結びついた言語や実践を取り入れ始めるのは珍しくない。言い換えると、多くのピアスペシャリストはチームの他の臨床家に似始めるのだ。
と警鐘を鳴らしています。
引用元にはピアスペシャリストと臨床家の見方の共通点と違いの表があります。ご参照下さい。そこでは、相互性、体験を共有して共に学ぶこと、強制医療に関わらないこと、アドボケイトとしての役割などが述べられています。